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January 31, 2013

コソボ 「地図を作る人」

話が前後してしまうが、 旅が始まって初めて日本人に会った。
たまたまレストランで一緒になったのだが、珍しいことなので話が盛り上がり、ワインをたくさんご馳走になった。
コソボには地図がなく、この人たちが今作っているらしい。
JICA関連で、アフリカでも活動しているそうだ。
ジンバブエで活動している教え子のカズエに会うかもしれないので、お願いしておいた。

世界で活躍する日本人に会うと嬉しくなる。
彼らは、開拓者としてその土地の役にたっている。
アルジェリアで不幸な事件が起こったが、我々日本人がこれからも世界で活躍することを願う。


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モンテネグロ 「窓からアドリア海が見える」

コソボからアルバニアへ。
白い山道をひた走る。
陸路で2つの国境を越えモンテネグロに着いた。
ウルツィニという小さな街の家族が迎えてくれた。
窓からアドリア海が見える。

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コソボファミリー

コソボではたった2泊だったが、ここの家にホームステイした。
ネットでとった民宿なのだが、看板すらない普通の民家で、朝飯も一緒に食べ、1つのシャワールームを一緒に使った。
洗濯する時は、おばあちゃんが親切に操作してくれた。
おじいちゃんの故郷がミトロビッツアらしく、私たちが訪れたことを喜んでくれた。
ボウズは人見知りしていたが、少しずつ距離が縮まった。

2008年に独立した、生まれたばかりの国。
その中の1つの家族と少しの間、一緒に暮らした。

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コソボ 「地図にない国境」

コソボ北部のミトロビッツァの街に来た。
日本の外務省から渡航延期勧告も出ているが、泊まった家の家族が大丈夫だというので。
ここは民族紛争の最も激しい場所。
街の中央を流れる川を挟んで、セルビア人勢力とアルバニア人勢力が対立する。
川が事実上の国境。
川に架かる一本の橋が、2つの世界をつなぐ唯一の道。
その道も土砂で封鎖されているが、人間は往き来できる。
そこを渡って、セルビアの世界に入った。
コソボでありながら、コソボ警察も入ってこない場所。
車のナンバーも外され、税金の徴収もないだろう、セルビアの旗を掲げた自警団らしきものが駐屯している。
地図上ではコソボだが、事実上はセルビア。
不思議な世界。
今回の旅で最も来たかった場所に立つことができた。
川の向こう側にも人々の生活があった。
セルビアから運ばれてきたであろう食物が並ぶ。
小さな飯屋に入り、鶏の焼いたものを食べた。
外国人皆無な場所への来客に、飯屋の2人組も嬉しそうだった。

コソボ側でKFOR (コソボ治安維持部隊)と写ってもらった。
かつてはゲリラ部隊であったが、現在は国の正規軍となっている。
今なお問題は山積みだが、この国を守る志はゆるがない。

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コソボ 「コソボのおばあちゃん」

マケドニアから、バスでコソボに向かった。
紛争地帯を抜けていくので、少しばかりドキドキする。
国境の山あいに、おびただしい数の墓が立てられていた。
横に座ったばあちゃんは、英語がしゃべれないが、異邦人の私たちを気にしてくれて、国境でのパスポートの提出の仕方や、バスの終点など知らせてくれた。
イスラム教徒だが、写真に写ってくれと頼むと、喜んでこたえてくれた。

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マケドニア 「マザーテレサの故郷」

昔、インドのカルカッタに行った時、目の前で死につつある赤ん坊に何もできなかった。
そこでアクションを起こせるマザーテレサは、本当にすごい人だと思った。

彼女は、ここマケドニアのスコピエで生まれた。
マケドニアの人々は、このような偉大な人間を排出したことを誇りに思っている。
マザーテレサ博物館の前に、彼女の像が立っている。
博物館の人も、気さくに話をしてくれた。

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マケドニア 「アレキサンダー大王の名のもとに」

バスは、セルビアからマケドニアに着いた。
ターミナルで、次のコソボ行きのチケットを匡が買っている間、けい子は荷物番。
人の好さそうなおじさんが、英語で話しかけてきた。
おじさん「チョコレートいるか?」
けい子 「いらない。」
おじさん(しょんぼり)
けい子 「英語は、どこで覚えたの?」
おじさん「独立戦争をNATO軍と共に戦った時に覚えた。」
おじさんは、戦士だったのだ。

かつて、世界を席巻したアレキサンダー大王。
マケドニアは、その子孫たちの国。
独立後、大王の旗印を国旗とした。
首都スコピエの中心には、巨大な大王の象が立つ。
キリスト正教の国だから、クリスマスの装飾も美しい。

美しい橋を渡ると、そこはイスラム教徒たちの世界。
トルコ料理屋からバーベキューの匂いが立つ。


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January 30, 2013

2月の講演予定

3日、鬼北町泉小学校、人権同和講演。
4日、松山北中学校、少年式記念講演。
10日、生涯学習センター「世界遺産を巡る旅 第4回」。
15日、道後中学校、1年生総合学習。
寒いけど頑張ります。

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五十崎小学校講演

日曜日に、雪の降る中、五十崎小学校に行った。
人権集会で60分ほどの講演をさせてもらった。
小1の児童らも真剣に聞いた。
感想を聞くと、たくさんの手が上がり、それぞれ自分の気持ちを発表した。
人が育っているんだなあと思った。

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January 29, 2013

セルビア→マケドニア

バスで雪景色の中を走った。
いい写真を撮れなかったのだが、セルビアの郊外は、マッチ箱みたいなカワイイ家ばかりだ。
サンタが通れそうな暖炉の煙突が必ずある。
ヨーロッパとはいえ、貧しいこの国の平均月収は5万円ほどだ。
外食でもビールが100円、スープも100円だから食べてはいけるのだろうが、雪の中、人々は慎ましく生きている。
口数は少ないが、セルビアの人々は、みな温かかった。

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ベオグラード 「カレメグダン要塞 軍事博物館」

紀元前からつくられた要塞は、ローマやオスマントルコ、ソ連など、力によって奪われてきた。
セルビアの歴史は、戦いの歴史。
ドナウ川に臨む、カレメグダン要塞。
霧に煙る城門。
数々の戦いに使われた砲台、戦車が並んでいる。
軍事博物館で、戦いの歴史を見た。
その歴史の最後のページは、NATO空爆。
この博物館に、もう戦いのページが追加されないことを願う。

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January 28, 2013

ベオグラード 「日本の泉」

この地域に人が住み始めたのは、7000年以上前のことらしい。
ドナウ川でも要衝であるこの場所には、紀元前から要塞が築かれてきた。
その城跡を歩いていると、小さい子供が棒で暴れていた。
面白くて眺めていた。
英語の話せないおじいちゃんとも少し話した。

その場所には、
「日本の泉-日本国民への感謝の印として」
と書かれ、鹿威しをモチーフにした泉があった。
日本は、社会主義であったこの国にも援助をしてきたようで、ベオグラード空爆時にも、日本製バスの支給や、医療、教育の分野への援助を行ったらしい。
それに対する感謝の意として作られたものだそうだ。
この国に来てから日本人を一人も見ていない。どころか黄色い肌を見ていない。
複雑な過去を持つ国だが、我々を歓迎する心を持ってくれている。
たくさんの日本人がこの地を訪れ、この泉を見て驚く…
そんな日が来てほしいと願う。

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ベオグラード「雪の公園」

雪の中たくさん歩いた。
映画に出てきそうな風景。
こんな雪の寒い中だけど、セルビアの人たちにとっては、いつもの冬らしい。
女の子が雪を固めて、おじいちゃんのところへ持って行った。
孫を連れて、じいちゃんも嬉しそうだ。


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ベオグラード 「ホットワイン」

セルビアは、東方正教というキリスト教の国。
他宗教国家だったユーゴスラビアは、7つの国に分かれた。
戦争があったことは悲しいが、今この国では国民全員でクリスマスを祝うことができるようになった。
1月7日がクリスマスだったので、街にはクリスマス・マーケットが残っている。
ヨーロッパの冬の風物詩、ホットワインを1杯やった。
ショップのカワイイ女の子が勧めてくれたヘーゼルナッツ入りは、とても美味しかった。

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ベオグラード 「匡、連行される」

ベオグラードの空爆通り。
建物の修復が進み、歴史のある趣のある街並が蘇っている。
その通りの中に、NATO軍の空爆の中心となった某国大使館があった。
この街を破壊した国の国旗が、はためいている。
(すごいなあ。)
1枚写真を撮ってしまった。
途端に大使館の詰所から人が飛び出し騒ぎになった。
匡は、通りの反対側だったので、何食わぬ顔で立ち去った。
のだが、捕まった。
グレー迷彩にブルーのベレー帽の特殊部隊らしき軍人に。
腰には銃。
写真を撮ったことを認め、大使館に連行された。
映画で見るCIA風の黒スーツにサングラスの男4・5人に取り囲まれる。
カメラ没収か最悪拘束か。いろいろなことを覚悟したその時。
司令官らしき年配の黒スーツ男が現れる。
「すまない、私たちのミスだ。ひきとってくれ。」
特殊部隊は、私の過失を訴えていたが、司令官が制止した。
助かった。

某国大使館は、形は洋館風だが窓もなく、ミサイル攻撃にも耐えそうな要塞だった。
写真は残っているのだが、載せないでおく。
ベオグラード空爆では、中国大使館も破壊された。
それは誤爆ということになっているが。
報復を目論む中国人工作員が、某国大使館をスパイしていても不思議ではない。
司令官は一目で、こいつは違うと判断したのかもしれない。
ここは今なお戦いの最前線。
気をつけなければいけない。

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ベオグラード1999

ベオグラードの中心部にある旧ユーゴ連邦国防省・軍参謀本部ビルは、1999年春にNATO軍のピンポイント空爆を受けた。
街の大部分は復興が進んでいるが、コスト的な理由もあって、このような生々しい傷跡も残っている。
少し前、ここも戦場だった。


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January 16, 2013

現在、ボスニア・ヘルツェゴビナ

スマホからでは、写真がうまくアップできず、記事の更新を断念します。
フェイスブックやラインでは、更新しています。
このブログは、帰国した後、しっかりまとめようと思います。

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January 12, 2013

コソボ

マケドニアからコソボに向かうバス。
国境近くの山あいに、おびただしい数の墓が見えた。
コソボの首都、プリシュティナに着いた。
独立して間もないこの国は、まだまだ整備されていないことが多く、旅人が来るべき場所ではないのかもしれない。
それでも人々は、次の一歩を踏み出そうとしているようだ。
神戸がそうであるように、この国にも美しいイルミネーションが煌めいている。
イスラムの国なのだが、街の中心には、十字架を掲げた教会が立っている。

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January 10, 2013

1月8日

タダシです。
ベオグラードに着きました。
雪が降っとうとです。
マイナス10℃と聞きました。
プーマのベンチコートしかありません。
寒いです。寒いです。寒いです…。


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January 07, 2013

旧ユーゴへ

1月7日から、旧ユーゴスラビアをめぐる旅に出る。

松山→関空→セルビアのベオグラード着
バスで、→アルバニア→コソボ→モンテネグロ→ボスニア・ヘルツェゴビナ→クロアチアと移動するつもり。

日本には1月21日に帰国し、22日からシェイラに出る予定。
2週間ほどの間もシェイラは、スタッフたちがガールズバーとして開けてるので心配なく。

1つの国が戦い、分裂し、独立した。今は、7つの国となったが、まだ民族紛争の続いている地域もある。
血を流してまで独立した。そこに何の意味があるのか。
戦乱の傷跡を、国の違いを、復興の様子を、独立の意味を見てこよう。

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出発前 日本の仕上げ

前日は、城西中のクラス会で教え子たちと飲んだ。
寝る間もなく、1月6日、朝から今治へ向かう。
松山クラブの最終戦に出場。
試合は1-0で勝利。
リーグ2位で今シーズンを終了した。

そこから砥部の生涯学習センターに移動。
「世界遺産をめぐる旅第3回  アジア、アフリカ、オセアニア、アングロアメリカ編」
の講演をした。

その後、ちょうど砥部の運動公園に垣生中サッカー部が練習試合に来ていたので、そちらに参加。

また店に戻り、私がいない間の用意をした。

忙しかったが、これで日本を離れられそう。
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January 06, 2013

1月2日

今日は、北高サッカー部OB戦。
我々は、最年長プレーヤーとして参加し、それなりに頑張りました。

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新年

みなさん、今年もよろしくお願いします。

元旦は、実家のある西垣生町の三嶋神社に今出大神輿の仲間が集まり、もちつきをした。
私も寝ないで参加し、力いっぱいつかせてもらった。

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