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March 18, 2011

卒業写真

震災が起こってから、ネットよりもNHKばかり見ていた。

被害の甚大さに驚き、
政府や東京電力などの対応に、よく分からないながら怒ったり、
極限状態のなか、人であろうとする人々の行動に感動したりしていた。

もちろん、政府以上に何もできない自分に、一番腹が立つ。
無力な自分。
「こんなとこで、じっとしとってええんか!?」
答えは、出ない。

震災が起こる前に、匡の大好きなTV番組「たかじんのそこまで言って委員会」に出てきたイスラエル人が、
「私たちの国のことを危ないと言うけれど、私は日本の地震のほうが怖い。」
と言っていたのを思い出す。
彼の言う通りになってしまった。

3月15日に、北条南中で講演することになっていた。
前日、依頼者の宮田K史先生からメールが来た。
「こんな日本の状況ですが、明日、来てもらえますか?」
「はい、当然です。明日の日本を担う子供たちのために。」
と返した。
講演は、少しばかり震災にも触れ、いつもよりも「日本人」「ナショナリズム」に力が入った。

3月17日、今日。
垣生中学校の卒業式に行った。
毎年気になっていたのだが、これまでアクションを起こせないでいた。
13日に「お別れサッカー」をしたときに、部員らと話していて行こうと決めた。
サッカー部の卒業生の顔を見に行ったのだが、
卒業生の代表にも、在校生の代表にも、サッカー部の子が出てきて嬉しかった。
たくさんのサッカー部の子が泣いていた。
もちろんサッカー部以外の子も泣いていた。
いい学校生活やったんやなあ。
皮のコートを着た髭面のおっさんが、在校生の花道に交じって卒業生を送り出した。
サッカー部の卒業生らは、すぐに戻ってきて、監督と私と一緒に写真を撮った。
みな嬉しそうだった。

大切な日常がそこにあった。

「いつ死ぬかわからんから、やりたいことは、やれるときにする。」
を信条にしてきた。
全うな日々の生活も、そのなかには入っているはずだ。
自分が死んでも、この子らの未来は残るだろう。

そんなふうに考えて、今の自分に、少しだけ納得することができた。


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March 08, 2011

ヘブロン 「モスクへの道」

だんだんと人が増え、モスクへ向かう人の波に身体を預けた。
トンネルのような道に、人がひしめく。
途中塞き止められ、回転扉を一人ずつ抜けなくてはならない。
イスラムの者たちが暴動を起こせないように、人の動きを制御しているのだ。

父親が男の子の手を引き、その子は、さらに幼い弟の手を引いて、3人がモスクへ向かう。
教えを脈々と伝えていく。


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ヘブロン 「ウェルカム!」

乗り合いバスで、ヘブロンまでやってきた。
バスの中では、アラブの美しい女性が、「ヘブロンは、今は、大丈夫。」と言ってくれた。(イスラムなので、けい子とだけしゃべり、写真もNGだった。)

ヘブロンに降り立つ。
少し歩くと、アラブの親父が現れた。
親父「お前はどこから来た?」
匡 「日本からだ。」
親父「ウェルカム!」
匡 「…。」(いきなりウェルカムとか言う奴にロクな奴はおらん。警戒せねば。)
親父「何をしに来たんだ?」
匡 「この街を見ようと思って。」
親父「そうか。なら、モスクへ行くがいい。この街のモスクは、いいぞぉ。」
匡 「わかった。行くよ。」
親父「そっちの方角だ。わしも、今から着替えて行くとこだ。」

少し歩くと、別の親父が現れ、先ほどと全く同じ会話を交わした。
どうも、モスクに行くべきなようだ。
そして、近づく男たちは、我々の命や金が目的ではないようだ。

モスクへ向かう道で、たくさんの人に出会った。
私たち以外は、全員アラブ人だ。
紛争地帯の人々は、どんなに心が荒んでいるかと心配していた。
子供に石など投げられるのではないだろうかと、考えたりしていた。
しかし、男たちも子供たちも、「ウェルカム」と言ってくれた。

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ヘブロン 「紛争の街」

パレスチナ自治区に、ヘブロンという街がある。
匡が見たドキュメンタリーには、この街を舞台としたものもあって、たいへん印象深かった。
外務省から「渡航延期勧告」が出ている。が、行きたい。
ベツレヘムで、何人かにこの街の様子を聞いたところ、「今は、大丈夫。」という答えが多かったので、行くことにした。


1929年に暴徒化したアラブ人によるユダヤ人67名の虐殺、1994年のユダヤ教過激派の青年によるイブラーヒーミー・モスクで起きた銃乱射事件で29人のパレスチナ人が死亡するなど、宗教・民族対立における惨劇の舞台でもある。
 
近年、ユダヤ教右派の入植者とパレスチナ・アラブ人住民との間で、深刻な住民対立が起きている。
1994年2月25日、ユダヤ人入植者によるパレスチナ人礼拝者へのテロ事件があり、29人が殺された(マクペラの洞窟虐殺事件)。
実行犯はその場で殺害されたが、イスラエル兵による発砲もあり(イスラエル側は否定)、総犠牲者は50人とも60人とも言われている。

その後、国連安全保障理事会の勧告を受け、ノルウェーなどがヘブロン暫定国際監視団を設け監視にあたっているが、2002年3月27日には何者かに監視員2名が殺された。
2006年には、事務所にパレスチナ人らの投石を受け、一時避難していた。

と、このような紛争の街だ。

けい子に「ヘブロンは危ないけん、わし一人で行くわ。」と言ったのだが、ついてきた。

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March 07, 2011

ベツレヘム 「聖誕教会のミサ」

後日、また聖誕教会に行ってみると、別のミサが行われていた。
どの宗派かもわからないまま参加していたのだが、途中、神父さんに退席を命ぜられた。
何がいけなかったのか、わからない。

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March 04, 2011

ベツレヘム「イエス降誕」

イエスはユダヤの町ベツレヘムで、処女マリアより生まれたという。

ヨセフは、住民登録のためにマリアとともに先祖の町ベツレヘムへやってきた。
ベツレヘムの宿が混んでいたために泊まれず、マリアは家畜小屋でイエスを生む。
そして、生まれたイエスを、飼い葉桶に寝かせる。
そこへ、東方の三博士が星に導かれてイエスを礼拝しに来る。

イエスの生まれた場所に、聖誕教会が建てられている。
荘厳な教会の地下に降りていくと、「イエス降誕の場所」がある。
ミサが行われていたので、我々もいさせてもらった。
信者たちに倣って、その場所にひざまづき、キスをした。

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