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February 18, 2011

おでん はじめました。

「おでんは、まだか?」
知人に聞かれて、はっとした。
そうだ、この冬は、まだオデンを作っていなかった。

早速作った。
頭の中では、「冷やし中華はじめました by AMEMIYA」が、ずっと流れていた。

大根、豆腐、玉子、竹輪、平天、ゴボウ天、コンニャク、牛スジ、アキレス、ソーセージ、つくね、つみれ、エビ団子、ホタテ、はんぺん、ちくわぶ、タケノコ。
1本100円。

BAR Sheylaで、おでん。
寒い間は、しばらくやるつもりです。


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ベツレヘム(パレスチナ自治区) 「クリスマスの街」

旧約聖書に度々登場する街。
この地でイエスが誕生した。
世界中で祝われる、クリスマスのオリジナルである。
クリスマスには、世界中から巡礼者が集まり、ミサの様子が全世界に向けてテレビ中継される。

キリスト教の聖地なのに、ここはパレスチナ自治区内にあり、アラブ人の住む街だ。
キリスト教を信仰するアラブ人たちがいて驚くが、大部分はイスラム教徒。夕刻になれば、アザーン(イスラムの祈りの声)が街中に響き渡る。

イスラエル軍が重要拠点として管理しているためか、とても平和だ。
その街が平和であるかどうかは、空気で感じることができる。
夕暮れ時にも家族連れが歩き、小さな子供が御使いに走っている。

観光地化を目指し、キリスト色の演出もしているが、訪れる外国人は少ない。
それでも、パレスチナの中にあって、最も美しく、最も平和な街だろう。

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February 17, 2011

パレスチナ自治区

パレスチナ自治区には、ヨルダン川西岸地区とガザ地区がある。
永らくPLOのアラファト議長が中心となってイスラエルとの交渉を進めてきたが、彼の死後、イスラム原理主義のハマスが勢力を拡大。
アラファトの流れをくむファタハと対立し、2つの地区は、独立を勝ち取る前に分裂してしまった。

ガザ地区は、対ユダヤ強硬派のハマスが実効支配しているが、2008年からイスラエル軍の攻撃を受け、多数の犠牲者がでた。

ヨルダン川西岸地区は、PLO主流派のファタハが中心となって、イスラエルとの和平推進にあたっている。
イスラエルは、この地区を防護壁で隔離し、地区内部へのユダヤ人による入植も続いている。

ガザ地区のような「戦場」と呼んでもおかしくない場所に一般人が渡航するのは、現実的ではないだろう。
しかし、ヨルダン川西岸地区も外務省からの情報では、一部の街を除き、「渡航延期勧告」が出ている。
非常に危険な状態だが、イスラエルの歴史の中では、マシなほうとも言える。

私たちは、この危険な地帯を回った。

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February 10, 2011

商店街の金網

アラブ人地区の商店街、屋根の上の高さに金網が張り巡らされている。
金網には、ゴミのようなものがたくさん引っかかっている。
これは、なんのためにあるのか。

その答えを私は知っていた。
以前見たドキュメンタリーで。

店のおやじに聞いてみた。
「あの金網はなんのためにあるんだ?」
「あれか。あれは、ユダヤの奴らが上から石を投げつけてくるから作ったんだ。」
そう、この金網は、アラブ人がユダヤ人の攻撃から身を守るために作られている。

アラブとユダヤは、戦闘機や戦車を使った戦いを繰り返し、ユダヤの勝利で一応の決着を見た。
この国は、ユダヤ人兵士の自動小銃が支配している。
しかしなお多数存在するアラブ人に対し、民衆レベルの戦いも繰り返されている。
アラブの街には、ユダヤが入植し、アラブ家屋の真後ろに、高く頑丈な家を建てる。
上から見下ろしながら生活し、そして石を投げつける。
「出ていけ! ここは俺たちの場所だ。」
とでも言っているのか。

金網により投石の効果がなくなると、ゴミや汚物を上から落としている。

ベランダも攻撃を受けないように網で囲ってある。

戦いは、今日も続いている。
イスラエル全土で。

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イスラエル兵

ユダヤ人により編成される。
女性を含む全国民に、徴兵制度を敢行している。

町中のいたるところに自動小銃を持った兵士がいる。
物騒に思うが、我々外国人に対しては、フレンドリーに接してくれる。

女の子たちも、普通の娘っこの感覚だ。
楽しげに過ごしているが、有事の際には、命を懸けて武器をとるのだろう。
これもまた究極の男女平等か。

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February 09, 2011

イスラエルのアラブ人

永きに渡り、この地で暮らしてきた者たち。
イスラエル建国と4度の中東戦争を経て、ユダヤ人の支配下で生活している。
ほとんどの者がイスラム教を信仰している。

エルサレムのアラブ人地区は、古い遺跡をそのまま利用した住居や店舗が多い。
今は紛争が少し治まり、街に活気が出てきた。
雑多で庶民的。貧しい生活をしている者も多くいる。

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ユダヤ人

ユダヤ人とは、ユダヤ教を信仰する者たちのことであり、血統としては、世界中の血が入っている。
彼らの話すヘブライ語は、難しくて理解できなかったが、英語を話す者は多いので、旅では苦労せずに済んだ。

エルサレム内のユダヤ人地区は、遺跡の面影を残しながら、美しく演出されている。

敬虔な信者は、もみあげや髭を伸ばし、黒い帽子に黒いコート、片手に聖書を携えている。
話すととても親切な人たちだが、聖書の教えに従って生活しているので、一緒に写真などは撮りにくい。

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February 08, 2011

2月講演訂正

27日、青少年センター、「第5回 松山市青少年育成市民大会」。
第1分科会「青少年の国際理解と国際交流活動」 13:00~17:30。
私の講演や、外国人を交えてのディスカッション。サルサレッスンもあって盛りだくさんです。

このイベントは、青少年の一般参加を募集しているそうです。
小学生高学年から高校生まで大丈夫です。

参加希望者は、松山市青少年育成市民会議 TEL089-907-7826まで。
内容については、私に聞いていただいてもかまいません。

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February 01, 2011

エルサレム 「イエスの墓」

悲しみの道の果て、ゴルゴタの丘のあった場所に、イエスの墓がある。
墓を守るべく建てられた聖墳墓教会。ここはキリスト教最大の聖地となっている。

墓の上のドームからは、やわらかな光が信者たちを照らす。
敬虔な信者たちの列に加わり、美しく飾られた墓の内部に入ることができた。
私はクリスチャンではないが、カトリックの教会で結婚式を挙げたので、一応洗礼は受けている。
狭い内部の墓石の前では、みなのようにひざまづき、墓石に口づけをした。
私のようなものでも、特殊な空間に入り込んだような、不思議な気持ちになる。
「神を感じる」とは、どんな感覚なのだろうか。
イエス・キリストは革命家だと私は考えているが、それでも人を超えた存在に思えてくる。
まわりの人はトランス状態になっている者もいて、係りの神父さんの世話になっていたが、それも当たり前のことなのだろう。
重く、温かい場所だった。

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イエスが息をひきとったあと、香油を塗られた石が置かれている。
老婆が伏せて、むせび泣いている。

すべてのキリスト教の聖地であるこの場所は、ローマカトリック、アルメニア、コプト、ギリシア正教らがそれぞれ管理している。
神具の手入れをするシスターたちも、魂がこもっている。

各宗派が争わぬよう、この聖地の入口の門を開けるのは、アラブの少年の仕事になっているらしい。

ゴルゴタとはしゃれこうべという意味があり、ここにアダムの頭蓋骨が埋葬されていたからだと伝えられている。
ここは神の子の墓と、神につくられた最初の人間の墓があるということか。


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エルサレム 「十字架を背負いし者」

岩のドームのある神殿の丘から少しばかり北に下ると、イエスが十字架を背負い歩いた道に出る。
有罪の判決を受けた場所から、ゴルゴタの丘で磔になるまでのその道は、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)と呼ばれている。

イエスはユダヤ人だが、ユダヤのみが選ばれた民だとするユダヤ教に対し、神は人類すべてを救うと説く彼の教義は、認められるものではなかった。
人々の心をとらえる彼の力を脅威と感じ、排斥しようとした。
裁判をした官邸は、今はアラブの小学校になっている。
(写真1の右手が小学校)

十字架を背負い、茨の冠をかぶり、鞭で打たれた。
十字架の重さに耐えかねてつまずき、また進む。
母マリアがここでイエスを見る。(写真2)

ここでイエスがエルサレムの娘たちに語る。
「私のために泣くな、自分たち、また自分の子供たちのために泣くがよい。」(写真3)

悲しみの道は、ゴルゴタの丘へと続く。

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