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October 28, 2010

岡田中 人権集会

10月27日、岡田中学校の人権集会で話させてもらった。
講演ごとに、テーマや時間を考えて資料を準備するが、どこまで話すかは、その場次第。
「伝わっている」と感じれば、より深いことを話す。
国際理解でも、似たようなことを話しているのだけど、「命」や「生き方」に関わる部分に少しばかり力が入ったような気がする。
生きる上で何が大切かという、価値観を探求する意味もあるので、「自殺」や「私が教員を辞めたこと」なども材料として提供した。
旅から学ぶこと、人の人生から学ぶこと。

2年前に別の学校で講演を聞いてもらった教員に、「パワーアップしている」と言われたので嬉しかった。


○講演予定
11月 4日、大野ヶ原小学校。
   5日、松山大学。
  19日、愛媛大学。
22日、松山北高中島分校。
24日、伊方小学校。
25日、五明小学校。
12月 5日、惣川小学校。

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October 26, 2010

キャタピラー

寺島しのぶが、ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したことで話題になった映画である。

第二次世界大戦。中国に兵士として出兵した夫は両手両足、聴力やしゃべる力さえも失った体で帰ってくる。
「キャタピラー」とは「いもむし」という意味だ。
人としての能力のほとんどを失った夫を、国民は「軍神」として奉る。
女は食と糞尿の世話をし、そんな体になっても性欲をもつ男の相手をする。
やがて男の脳裏に、戦場の惨劇が蘇ってくる。
大陸で犯し、殺害した女たち。舞い上がる炎。
戦争は男の心と体を蝕み、帰って来た家庭も狂乱の戦場と化していく。

「戦争とは。」
監督の若松孝二の、これが答えなのだろう。
作品の最後には、広島のキノコ雲が舞い上がり、大戦のすべての犠牲者の記録が記され、元ちとせの「死んだ女の子」という歌が流れる。
この作品が、大日本帝国に対する反戦ではなく、世界すべてに向けた反戦の歌だということなのだろう。


「平和とは。」
世界をまわり、たくさんの戦争の傷跡も見てきた。
私は、平和を望む。
しかしそれは、戦争を放棄し、武器を捨てれば得られるほど簡単なものではない。
世界では今も、戦乱を望まぬものたちが、戦乱の犠牲となっている。
今の世界で平和を手に入れるには、力(軍事力)も判断(政治力)も必要なのだろう。
ニュースでは、中国での反日暴動が毎日放送されている。
日本の製品を売る店舗が破壊されている。
尖閣諸島の中国人船長は解放されたが、かつて北海道沖でカニ漁をしていた日本人漁師は、ロシア軍に撃ち殺された。
そして、北朝鮮の拉致被害者。
これらの犠牲は、回避できないものだったのだろうか。
国民が「国民全員の平和」を強く望み、国家がそれに応えるべく機能すれば‥。周辺諸国に対して毅然とした態度で臨めば‥。
そんなことを考えずにいられない。
世界の平和はまだ遠く、日本も平和を手に入れたわけではない。
戦争を知り、戦争を憎み、平和を望み、平和をつかむ。
日本のために、世界のために、われわれ日本人が考えるときではないだろうか。

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October 20, 2010

サッカー三昧

○垣生中サッカー部 松山市新人戦 (匡はコーチ)

10月13日、垣生4-0城西。
14日、垣生2-1桑原。
15日、垣生0-2三津浜。
準々決勝で敗れた。
18日に準決と決勝戦が行われた。
三津浜1-0附属。

今年の三津浜中はけっこうなミニサイズ集団で、垣生中はそれをさらに上回るミニサイズ。
附属中が体の大きい選手だらけだったので、決勝はパワー対テクニックの勝負になり、そして征した。
あらためて三津浜中のサッカーは、素晴らしいと思った。
うちのチームも、負けた理由を小さいせいにはできなくなった。
一番感動したのは、準決と決勝のあいだの時間。三津浜中は、ひたすらBチームのトレーニングをしていた。
これが、明日の勝利につながるのだろう。学ばなくては‥。

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○北高サッカー部 愛媛県選手権大会 (匡はサポーター)

10月16日、対東高戦。
少し遅れていくと、1-1の同点だというから焦った。
その後、2点を加え3-1で勝利。
準決勝で松山工業とあたると思われるので、注目だ。


○松山クラブ 中予一部リーグ (匡は選手)

10月17日、対帝人戦。
1-0でリードし、匡は後半出場。
相手は若く、こちらは40代が3人出ている。
さらにこちらの若い奴が2人も足をつりやがったので、苦しい試合になった。
なんとか守り切って勝った。
匡は3か月ぶりのプレーで、この間の激しい運動は祭りくらい。
走れなかった。
トレーニングせないかん。

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October 09, 2010

今出大神輿 ~老兵たちの決戦~

私の格好が、今出のオールドスタイルだ。
地下足袋を履いて腰には腰巻、腹をサラシで巻いて法被を羽織る。
みんな鯉口の上下を着ているから、私のような伝統的な者が少数派になってしまった。
「これが正統派やのに、生足に生チチで、わしの方が変態みたいなことになっとるやないか!」と言ってやった。

夜7時、住吉神社の宮入りが始まる。
CATVでも、毎年生放送されている。
今年も、何度も何度も神輿を落とした。
こんなに落とすかというほど落とした。

最後の走り込みの勝負。
「若い衆」と我々「家持ち」に分かれる。
毎年、最後は若い衆が勝つとはいえ、わしらおっさんの強さをここで示さねばならない。
若い衆が神輿を担いて、一本目の走り込み。
おっさんが、たかって潰す。
次は、おっさんが担いて潰される。

「家持ち」の二本目で、匡が神輿に乗せてもらう。
たくさんいる担き手の中で、ここに乗せてもらえるのは3人しかいないのだから、光栄なことである。
家持ちの担き手たちに声を掛ける。
「わしなあ、ここ4年で2回救急車に乗っとんよ。今年はあれに乗りたないんじゃ。頼むけん、このまま宮入りさせてくれ。」
神輿が落とされずに鳥居をくぐれば、それで宮入り。終了となる。
今出の祭りが始まって以来、家持ちが勝ったことは一度もない。
匡と老兵たちの夢を乗せ、鳥居へ向けて神輿が進む。
そして落ちた。

次の若い衆の番、いつもと違い、ここで若い衆の大将「頭取」が上がってきた。
ここで負けるわけにはいかない。
こちらにはまだ、三本目の大将が控えているのだから。
「家持ちの意地を見せたるぞ!」と挑み、そして敗れた。
例年よりも早く負けてしまった。若い衆は強かった。

今年の祭りで、骨折者が2人と軽傷者が数人出たが、重傷者は出なかった。
仲間たちと一応の無事を祝い合い、来年に向けてトレーニングすることを誓い合った。

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今出大神輿 ~10月7日、晴れ~

朝の5時から、元気に宮出しをした。
1年も待ってたものだから、神輿を担ぎたくてたまらない。
垣生の三嶋神社をスタートし、住吉神社まで担いだ。
まだ始まったばかりなのに、膝がもうガクガクいっている。
「とりあえずこのくらいにしといたるわ。」と肩を抜く。
お神酒の日本酒を飲む。
「若い衆、飲んどけよ。怪我するぞ。」
いつも怪我をしている私が酒を勧めるのだから、説得力は、ない。
今出港に着くころに、ようやく空が白んでくる。
いい天気だ。
「角回り」で家を回る。
お太夫さんが祈りを捧げ、わしらは米と酒をもらう。
観衆に向けては、お菓子が撒かれる。
子供たちは一生懸命拾い、袋一杯のお菓子を抱えて神輿のあとをついて回る。
昔と変わらぬ、いつもの今出の祭りだ。
おてんとうさんが高く上り、暑くなってきた。
いい天気すぎるくらいだ。

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October 05, 2010

河野小学校 国際理解教育

10月4日、北条の河野小学校を訪れた。
6年生を対象に、国際理解教育の講演をさせてもらった。
素直に反応する子供らしい児童たちだったので、とても話しやすかった。
「貧困」、「戦乱」、「自殺」、「生きる」等、重いテーマに対しても、しっかりと向き合って聞いてくれた。

「人の生き方」とか「国の在り方」を考えるのは、なかなか難しいことだ。
そのヒントの見つけ方は、2つあると思う。
1つは、過去を振り返ること。
日本の歴史を知り、昔の人の生き方から学ぶ。
もう1つは、広く世界を見ること。
世界の国の成り立ちを知り、世界の人々の生き方から学ぶ。
そのあたりから、「自分は、どう生きるべきか」「日本は、どう在るべきか」の答えが、少し見えてくるのではないだろうか。

講演のあと、代表の児童2人が感想を述べてくれた。
私の伝えたかったことを受け止め、自分なりの一歩を踏み出そうとする意志が感じられた。
今日の講演が、児童たちの人生に役立つことを願う。

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October 04, 2010

大神輿総練(おおみこしそうねり)

10月3日、堀之内に30体の神輿が集まった。
松山は、喧嘩神輿で全国的にも有名な地だ。
それぞれの町で、活気のある祭りを続けてきた。
自分たちこそが一番と誰もが思っているし、遠くの町と交わることもない。
唯我独尊のそれぞれの神輿。
それらがこれほど一同に集まるのは、初めてのことだろう。
30体が並んだ姿は、壮観であった。

式典では、政治的なパフォーマンスに利用された感は否めないなと思った。予想はしていたが‥。

パフォーマンスの時間が設けられていて、我らが今出大神輿も出させてもらった。
神輿一体が本部前に登場し、神輿をひっくり返した。
いつもの祭りのとおり、何度もひっくり返した。
このときの気合いと高揚感は、やった者にしか分からない。
ただ、周りから見ていると「危ない」と感じる。
歓声が揚がったので、すごいと思ってもらえたのだろう。
ほかの町の神輿をぶつけるパフォーマンスも良かったが、一体だけでやった我々は、少なくともオリジナリティがあったはず。
今出の男の心意気を示すことができただろうか。

ほかの神輿の担き手には、教え子もたくさんいて「先生!」と声を掛けられた。
観客で来ていた教え子も、喜んでいた。

今出からトラックとバスで、人と神輿を搬送した。
初めてのことだったのでいろいろと大変だったが、その価値はあったと思う。


写真はけい子が撮ったもので、一つめが女神輿のみなさん。
二つめが、今出大神輿。右のほうに私もいる。


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