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April 28, 2010

マラッカの街並み

イスラム教のマラッカ王国に、明王朝は皇女を嫁がせた。
交易はさらに盛んになり、同盟国として関係は強化された。
以来、マレー人の国にはたくさんの華人が移住することとなる。
マレーと中華は融合し、その後、ヨーロッパ列強の支配を受けていく。
ただ街を歩くだけで、歴史や文化を感じることができる。

お城のような建物がある。
貴族か、海運会社の社長でも暮らしていたのか。

美しい街並みなのだが、廃墟となりつつある建物もある。
かつての繁栄に思いを馳せる。

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マラッカのBAR

イスラム、西洋、中国、インド。
それぞれの民族、文化、宗教が混じり合う。
そんな無国籍な世界に、なんともいい感じのBARが点在する。

古い中華風の家屋を改装して、オープンなバーにしている。
西洋人たちのお気に入りのようだ。
熱帯の熱い夜。外の風に当たって、冷えたビールの小瓶をそのまま飲む。

海岸近くに、なんだかかっこいい看板のレストラン・バー。
ここは倉庫を改装して作ったので、店の奥の席に座れば、目の前はもう海。
潮風が心地よい。

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マラッカの夜景

海運貿易により発展した街である。
街の中には運河が通っている。
かつては香辛料などを満載した貨物船が、行き来したのだろう。
運河沿いにあった倉庫群を、住居や商店として再利用している。
今も、波止場の雰囲気が漂っている。

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マラッカの宿

HOTEL PURI
洋風な外観。
中華風な内装。
チャイナタウンの古いショップハウスを宿にしている。
エントランスにはピアノが置かれ、湾曲した階段で吹き抜けを上がる。
実に趣がある。
壁にも天井にも、細工が施されている。
博物館のようなスペースもある。
マラッカの異国情緒を味わうには、適した宿だろう。
もはや記憶があいまいだが、4000円くらいだったか。

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マレーシア旅行記 ~マラッカ編~

しばらく間が空いてしまった、マレーシアの旅の続きを報告しようと思う。
なんと、2年半も時間が経過してしまっている。
この旅の報告を楽しみにしていたワシントンのタケは、もうあきらめてしまっただろうし、訪ねた先の神野家は、とっくに日本に帰ってきてしまった。
背中にバッシングを受けながら、がんばってみよう。
手軽な旅だったマレーシアなのだが、時を経ても色あせてはいない。

クアラルンプールから、レンタカーで脱出。
「どこに行こうか?」
みなさんは驚くかもしれないが、本当に行き先を決めていなかった。
神野家の待つペナン島に行く途中、どこかに一泊寄ろうとだけ考えていた。
「マラッカ行ってみたいなあ。」
匡の一言で決まってしまった。
しかし、方向がペナン島の真逆。(遠ざかってどうする?)

深いジャングルの中をひたすら走る。
こんな高速道路、どこまりないよなあ。

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1400年ごろに、マラッカ王国が誕生。
しかし、その後の400年あまりはポルトガル、オランダ、イギリスの支配を受け、中国、インドからの移民と混じり合い、独特の文化を形成する。
18世紀にオランダによって作られたキリスト教会が、この街のランドマークになっている。

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ここ特有の、トライショーと言われる人力タクシーがある。
値段も安く、なかなかいい気分だ。

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April 22, 2010

44歳、ボロボロの90分

4月18日、匡の所属する松山クラブの中予1部リーグ第3戦が行われた。
相手は、愛大法文サッカー部。
歳が半分以下の若者たちだ。
この日はメンバーが少ないため、病み上がりで運動不足、さらに睡眠不足、最年長の匡がフル出場しなくてはならない。

前半0-1で劣勢。
カリカリしているこちらの若い選手に、
「熱くなんな。クレバーに相手の隙をつくのが、松クの点の取り方や。」
(なんと匡が、松山クラブを語るようになったか!)

後半。ここからが松クの本領発揮だ。
相手の方が若く、後退メンバーも多いのに、こちらのボール支配が多くなる。
相手の隙が見え始め、そこに仕掛ける。
1点、また1点。
終わってみれば4-1の快勝。

「いやー、良かった良かった。」
グラウンドで最年長のおっさんは、擦り傷だらけの両手、両足を引きずりながら、気持ち良く笑った。
ロッキーの気分だ。
最後まで立っていられたから、満足だ。

この日、疲れ果てて家の床で寝てしまった。
翌日、熱を出して店を開けられなかった。
勝ったのか、負けたのか、44歳の闘いは続く。

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シェイラ16歳

4月17日は、グァテマラのシェイラの誕生日。
今年も、インターネット電話でお祝いをした。

最初に匡の携帯から電話したのだが、通じなかった。
しばらくして、こちらにかかってきたのが、実はシェイラからの電話だったのだが、それもうまく通じなかった。
けい子が再度電話して、ようやく繋がった。

けい子 「シェイラ、お誕生日おめでとう!」
シェイラ 「…アリガト!」
けい子 「16歳になったねー。」
シェイラ 「…ン!」
けい子 「うれしい?」
シェイラ 「…ウレシイ!」

タイムラグと、シェイラの日本語がカタコトなため、スムーズではないのだが会話は続いた。
シェイラも興奮しているようだ。(そこは、やはりラテン)

匡とは、店のシェイラ募金が22万円を超えたことや、いつ日本に来れるかを話した。
10月ごろが学校の休みらしいので、実現するといいのだが…。
このとき、シェイラのお父さんはもう寝ていたので話せなかったが、また来日(帰国?)について相談しようと思う。

シェイラは、また写真を送りたいと言っていた。
去年の15歳のお祝いの写真(ラテンアメリカでは、15歳で成人女性の儀式をする)は、店のメニューにも入っているのでお馴染みだが、サイトに載せてなかったようなので、ここで紹介する。

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April 09, 2010

豊一と友佳の結婚式

城西中の教え子同士の結婚式。
旦那がサッカー部で、嫁さんが陸上部。

しかも中学卒業後、再会した場所がシェイラ。
友佳の友だちがうちのバイトに入っていて、会いに来たら常連の豊一がいた。
それから、うちの店によく集まった。
そして、2人が仲良くなっていった。

披露宴で配られた、2人のプロフィールには「思い出の場所 シェイラ」と書かれていた。

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金房発進 !

金房という男がいる。
体育教師でサッカーが専門。
匡と同じく松山クラブに所属している。
この男が、この春から中国の青島にある日本人学校に勤務することになった。
4月1日、非合法サッカー指導者組織「野良犬の会」を中心に、彼の送別会がシェイラで開かれた。
3年くらいは帰ってこないだろうから、夜会は果てなく続いた。

青島は、ドイツが支配していた時期があり、その時にビール工場も建てられた。
そこで作られている「青島ビール」は、中国で最も有名なビールだ。
金房がいるあいだに訪れてみたいものだ。

4月5日、金房が旅立った。
今ごろは歓迎会で、青島ビールでも飲んでいるのだろうか。

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April 08, 2010

韓国の人

初めて韓国に行ったのは、20年ほど前になる。
まだ松山から飛行機が出ていなかったので、福岡から飛んだ。
偶然関わった人づてに、韓国人のお宅に招かれたりして、韓国の文化に触れることができた。
ソウルの街は洗練されていなくて、物価も安かった。

2回目は、10年ほど前になるだろうか。
余土中の3年部教員で卒業旅行をした。
私が添乗員を務めたのだが、なかなか好評だった。

そして今回。
ずいぶん発展し、物価も高くなった。
街は垢ぬけたのだが、東京で言えばアメ横、大阪ならミナミというか、そんな雰囲気を感じる。

店の店員が、お客と並んで賄いを食べている。
お粥屋の親父は、足で雑巾がけをしていた。
焼肉を食べ終わったお客と、店の主人がいつまでもおしゃべりしている。
飲食店に入ってもほったらかしで、日本のように形式的サービスがない。不親切なように感じるが、こちらが困っていると、一生懸命対応してくれる。スマートではないのだが、心が込もっている。
日本の接客は丁寧だが、マニュアルにとらわれ、心がない。
韓国の人たちは、ぶっきらぼうだが本音で生きているようだ。
言葉の壁を少し乗り越えてくる。
気持ちが伝わってくる。
なんだろう、この心地よさは。
ああ、昔の日本はこんなだったかもしれない。
韓国の人たちは、素朴で素直で、感情的で。
儒教、教育、国の政策によるものか、もともとの国民性か。
直情的なので、ケンカや、デモ・戦争なども起きやすいかもしれないが、人間らしさを感じる。
私は好きだ。

日本では、おばさんを中心に韓流ブームが続くが、韓国では若者たちが日本を向いている。
日本語を学ぼうとする若者の、なんと多いことか。

ちょいと買い物旅行に行っただけなのだが「近くて遠い国」と言われるこの地は、いろいろと勉強になった。
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遊ステHYPER

松山から韓国行きの飛行機に乗るとき、eat(愛媛朝日テレビ)の取材班も乗り込んでいた。
「遊ステHYPER」という番組らしい。よくCMを見るが、番組は見たことがない。
初日の夜中に、中矢夫婦は東大門市場へ出かけたのだが、そこでeatの人たちを見かけたので驚いた。
帰国して、嫁が「映っとるかもしれん」と、4月6日のこの番組を録画した。
見てみると、東大門を歩く中矢夫婦の後ろ姿が…、確かに映っている。
我々が出演していることは、誰一人気付いてないやろなあ。

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