« July 2005 | Main | September 2005 »

August 30, 2005

サッカー情報

地元である垣生には、当然知り合いが多く、「練習を見てやって」といろいろな人から声がかかる。

8月6日、垣生小のサッカースクールに顔を出した。
匡は、3月27日の松山クラブの試合で半月板を痛めて以来、ボールを蹴っていない。
リハビリには、小学生相手がちょうどいいと思って来たのだが、久しぶりの太陽の光と運動は、けっこうこたえた。

8月19日、市民グラウンドに、松山市中学生サッカー大会を見に行った。
けい子も、三津浜中の試合を見るためについてきたのだが、もう終わっていた。
気になっていた垣生中の試合もすでに終わっていて、聞くと雄新に19−0で負けたそうだ。
さすがにこの情報は辛かった。我らが垣生中サッカー部が、なんと情けないことになっているのか。

8月21日、下灘のグラウンドで松山クラブ2002の試合が行われた。
膝に爆弾を抱える匡は、いつでも交代できるよう、スタメンでの出場となった。
匡以外は若くて、ほぼベストメンバーがそろっていたので、試合は圧倒的に優勢だった。
余土中の教え子、天崎と一緒にプレーできたのは嬉しかった。
途中、私からのパスを天崎がゴールしたので、「余土中師弟ゴール」が成立した。
天崎は、4得点の大活躍で、結局、8対2の圧勝に終わった。
私は、また少し膝を痛めたようだが、次の試合には出られるだろうか。

8月25日から、垣生中サッカー部の練習を見ている。
そして27日から雄新中で、ジュニアユース予選が始まった。
初戦の北中戦は、7対0の惨敗だった。
選手らの落ち込みはひどく、次の道後中戦が始まろうというのに、まったくやる気を見せなかった。
頭にきた私は、選手らを怒鳴りあげていた。
負けることはしかたないにしても、試合を放棄するような態度は許せなかった。
選手らが、何を感じてくれたかはわからないが、道後中戦は、ずいぶんと動きが良くなり、4対0で勝つことができた。
翌28日、雄新中との最終戦。
王者雄新に対し、垣生の死にものぐるいの抵抗により、試合はおもしろい展開となった。
先行され追いつき、先行され追いつき。
2対2の同点で、試合終盤を迎えていた。
終了寸前に決勝点を奪われてしまい、負けてしまったが、いい試合だった。
選手らに「サッカーは面白いやろ。」と声をかけた。

|

August 11, 2005

北高の集まり

お盆が近づき、遠くの友人たちが帰省し始めた。
8月6日には、北高の2年のときの同級生6人ほどが、タムラに集まった。
8月9日にも、北高の3年1組を中心としたメンバーが、全日空ホテルの桃園に集まった。
匡は、3年6組であったにもかかわらず、知り合いばかりなので呼んでもらえた。
(写真はこの時のものだが、帰りに撮ったので何人か帰ってしまっていた)
ドイツから帰ってきたばかりの者や、広島から日帰りで来た者など、それぞれ強い思い入れが伺える。故郷を遠く離れた者ほど、その大切さを知っているのだろう。
「中矢くん、早よ店始めて!」みんなに言われるので、こちらも力が沸いてくる。
懐かしい顔と、お盆や正月に飲む酒は、また格別だろうDSC00264

|

ついに40

8月7日、40歳になった。
「わしは、40歳で死ぬ」とよく言っていたので、ここまで生きてこられたことが、とてもすごいことを達成したように感じている。
40歳と言えば、「初老」なのだそうだ。
これからは、「元気なお爺」を目指して生きていこう。

この日、けい子と宇和のフレンチレストラン「ラ・カルトン」に行った。
匡の誕生日とクリスマスは、ここで祝うというのを、13年間続けてきた。
今日も、瀬戸内の新鮮な魚貝をふんだんに使ったフレンチと、セレクトしてもらったワインに舌鼓を打った。
もともとソムリエだったシェフは、匡にとってワインの師匠でもある。
バーを始めるときには、心強い味方となってくれそうだ。DSC00263


|

August 05, 2005

ココログのプロフィールを一新しました

こちらの方のプロフィールの文章を、新しくしました。
講演の時に使えるようにと作ったものです。
SARSのマスク写真のすぐ下の「プロフィール」をクリックすると見えます。
よかったらご覧ください。

|

August 03, 2005

ブータン散る

シニア海外ボランティアの通知が、8月1日に届いた。
結果は不採用。
あまり期待をしていなかったし、もう一つのやりたいことの方に力が入っていたので、驚きはしないのだが、残念ではある。
日本人学校にしても、シニア海外ボランティアにしても、私のような者が評価されることはないのだろうかと考えたりする。
「海外で活動し、役に立ちたい」という考えは、随分前からもっているが、公やどこかの機関に行かせてもらったことは、一度もない。65の国・地域をまわったそのすべてが、自分の力によるものだ。
「やらせろ!行かせろ!」と言っている私の心の傲慢さか、それとも組織に属していけぬ、不完全な能力を見透かされたか。
いつものことながら、「行けば必ず役に立つ。」と、根拠のない自信をもっていたのだが、またも空回りに終わった。
これから、松山でBARを開く準備に入ろうと思う。
もし、こちらが実現すれば、海外への思いは当分封印し、ここでやりたいことに全力を尽くすつもりだ。

|

« July 2005 | Main | September 2005 »