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July 30, 2005

第3回愛媛県国際理解教育研究大会「やってみよう国際理解教育Part1」

7月28日、COMSでの研究大会に参加させてもらった。
今年は、120名を越える教員が集まり、とても盛大に行われた。
我々夫婦は、お昼のコーナーに登場し、「遊牧民と一緒にに暮らした経験」を話したり、「アマゾン川の探検」や「マサイ族の村訪問」のVTRを流したりした。
昼に我々の発表があるために、昨年は弁当の売り上げにまで影響したと聞いたが、今年の弁当売り場には、「エジプト衣装姿の匡のポスター」まで張られていたのには笑った。
コロンビアの日本人学校から帰ってきた、荻原先生にも会えた。
彼とは、我々の南米旅行中に連絡を取り合ったものの、ちょうどコロンビアを訪れた時期に、彼の住んでいたボゴタでテロ予告が出ていたため、寄ることができなかった。
てっちゃんに中継してもらいながら、コロンビアと今治とベネズエラでメールのやりとりをしたことなどを、懐かしく話すことができた。
一日がかりの発表もすばらしかったが、その後も、全日空ホテルで情報交換会が開かれ、2次会にはタムラに流れてきて、たくさんの話で盛り上がった。
この会には、毎年呼んでもらいたいものだ。日本にいる限りは。050728_121801

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July 29, 2005

サッカー 県大会

7月22〜25日、愛媛県中学校総体サッカーの部が行われた。
匡は、特に仕事もせず、ただ本部にいさせてもらった。
夜に慣れ、白くなった体では、審判を引き受ける自信もなかったのだが、自分よりもはるかに高齢の村上典先生が、元気に審判をしていたことはとてもショックだった。050725_152301
初日に「野良犬の会」を派手に開催し、睡眠不足のまま参加していたので、2日目以降は体がきつかった。
三津浜、雄新、北条北などの試合を特に見させてもらったが、残念ながら決勝戦に駒を進めたのは東予勢。
河北 対 今治東は、今治東の勝利に終わった。

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July 19, 2005

津田中学校での講演

7月14日、津田中学校3年生を対象に、講演をさせてもらった。
ここには、3年前、教員最後の年に、講演に来ている。
そして遙か昔、匡が、教員生活をスタートしたのが、この学校だ。
グラウンドや体育館を見て、昔を思い出していた。
「世界をあるく」と題した、2時間ほどの話を、生徒らはよく聞いてくれた。

新採用教員として、ここに来た頃も、生徒らに世界の話をしていた。
でも、その頃は、「総合学習」や「国際理解」といった言葉も教育現場にはなく、教員の海外旅行自体が疎んじられていたような時代だった。
雨で体育ができなくなった日などに、ゲリラ的に話をしたものだ。
道徳の校内研究授業で、自分の海外経験を教材にしたが、けっこう批判を受けたのを覚えている。
授業として確立するのは、なかなか難しいことだったが、この学校での生活の中で、今の講演の原型が作られていった。
教師として、人間として、ここで学んだことはたくさんある。
教師を辞めた自分が、今日ここに来たことは、少し複雑な心境でもある。
恩返しというほどのことにはならないのだろうが、それでも、役に立てそうなチャンスをもらったことには、大変、感謝している。

その2日後、津田中の教え子が、また、タムラにやって来た。
30歳を迎えようとしている一番最初の教え子たちと、飲む酒はうまかった。DSC00258


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OKバジ

7月9日、コムズにて、「もっと知りたいネパール7」という講演会に参加させてもらった。
話を聞かせてくれた人は、垣見 一雅さん。
ネパールに住み、村々を歩きまわりながら、支援活動を10年以上に渡って続けているのだそうだ。
村人たちが建ててくれた6畳ほどの『城』を住処に、寝袋生活を送りながら、年間200日以上村々を歩き、教育や医療の普及に尽力している。
垣見さんは、「OKバジ(OKおじさん)」と村民に呼ばれ、親しまれている。
すごい人がいたものだ。元教師というのにも驚いた。

このイベントは、「CCWA愛媛の会」が主催している。
この会では、ネパールやフィリピンへの里親制度などを設け、子供への支援活動をしている。

「OKバジ」の最前線で活動する姿に感動し、また、そういった活動をサポートする組織の存在も28093map知ることができた。050709_153701

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July 08, 2005

シニア海外ボランティア受験

けい子の祖母の葬儀を、7月3日に無事終えた。
翌日、匡は、シニア海外ボランティアの2次審査を受けるべく、東京に飛んだ。
どうせ無理だろうと思いつつ申し込んでいたのが、1次の書類審査は、合格ということで、今回の受験となったのだ。(交通費や宿泊費、健康診断の費用も支給された)
シニア海外ボランティアは、青年海外協力隊と違い、年齢が40歳以上となるが、専門分野のキャリアも、特に要求される。
私の場合、体育しかないのだが、今回、体育の要請は、ブータンからの1件だけだった。
「ブータンの師範学校の学生を対象に、体育の指導をする」というものだ。

ブータンには6年前に行ったことがある。
ヒマラヤの中腹にある小国だ。人々は、皆、着物を着て暮らしている。
この国では、学校教育が始まって、まだ十数年しか経っておらず、教師のほとんどを外国人に頼っている。
それまで「体育」という概念さえなかったのだから、当然、ブータン人体育教師がいるはずがない。
近年になって、ようやく教員養成学校ができたのだが、そこの学生に体育を指導し、体育の授業が実施できるようになってもらうことが目的だ。
「国産体育教師第1号を育てる」と考えると、確かにすごいことだ。050705_142301
やりがいある仕事だから、是非行きたいと考えている。

7月5日の試験は、TOEICの英語テストから始まった。
2時間にも及ぶテストで、私の頭は爆発した。
だいたい、中学、高校と、英語が苦手だった。
世界を回るうちに、いくらか喋れるようになってきたが、本当の英語力はないのだと思い知らされた。
午後には、20分ほどの面接を受けたが、その中で、自分の考えは、表現することができたと思う。
後は、どう評価されるかだ。
7月末に合否の発表があるので、あまり期待しないで待つとしよう。
万が一通っていたら、10月にはブータンに飛び、2年間を過ごすことになる。

そんなことをしながら、実は、店を始める準備も進めている。
「ブータンで体育を教える」ことと、「松山でバーを始める」ことは、どちらも同じくらいにやりたいことだ。
むしろ、バーを開くことをより強く意識しながら、日々を過ごしていると言えるかもしれない。
だから、不合格の連絡を受けても、全くショックはないだろう。
2次を受けに行く前から、タムラに来た人には、この話しをしている。
反応としては、「バーをやってほしい」という意見のほうが多いようだ。三津浜の連中なんかは、「頼むから落ちてくれ」と言っていた。

今年の秋は、おもしろくなるかもしれない。
ブータンか、それとも松山でバーか!?

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7月2日

実家の祖母が、亡くなりました。
今も、寂しい気持ちは無くなりませんが、多くの方の、生前の祖母への温かいお心遣いに感謝しつつ、無事に葬儀を終えたことをお知らせします。

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