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March 27, 2005

「松山クラブ2002」始動!

匡の所属するサッカーチーム、松山クラブが2005年の活動を開始した。
3月20日には、雄新中と練習試合を行った。
新チームには圧勝し、なんと匡も得点した。
しかし、3年チームには苦戦し、0−0のドロー。さすが全国に行っただけはある。
3月27日、中予2部リーグが開幕。
初戦の上浮穴クラブには7−0で快勝した。
さすがにメンバーさえ揃えば、うちのチームは強い。
メキシコで我々夫婦が世話になった松岡君の弟、俊哉君が新加入し、しかもハットトリックを決めてくれた。

バーテンダー、国際理解コーディネーター、サッカー部コーチ、サッカープレイヤーと忙しい毎日だ。
土・日曜日は、ろくに寝ないでサッカーをしているので、きつい。
4月からは、コーチの仕事がなくなるので、タムラのほうにフルに入る予定である。

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新田青雲中等教育学校での講演。そしてサッカー部コーチ終了。

DSC004277月からサッカー部コーチとして、新田青雲に来させてもらってきたが、それも3月いっぱいで終了となる。
これまで、正規の授業時間を使って私の話を聞こうというオファーは一切無かったので、旅の話を生徒にするチャンスはないかと思っていたが…。何人かの先生方が、その機会を作ってくれた。
3月23日と24日の放課後、教師・生徒の有志を対象に講演をさせてもらった。
授業時間外での講演は始めてのことで、私の話に授業を割くほどの必要性は感じてもらえなかったようだが、放課後であるにもかかわらず多数の生徒が参加してくれたことは、非常に有り難いことだ。
この学校の最後に、「放課後ライブ」ができてよかった。

サッカーの方は、いくらかの成果が残せたと思う。
不可能と思われていた練習試合での初勝利も達成できた。
3月19日には、垣生中・垣生小と対戦。
垣生中には、始めての練習試合で10−0の大敗を喫したのだが、この日の試合は3−2。
強くなったのかもしれないが、垣生小には苦戦を強いられ、失点も許した。小学生恐るべき。
この日、垣生中のグラウンドに、森、刈山、佐藤という垣生中出身教師が一同に会することもできた。
3月21日には、余土中と対戦。
人数が足りず、匡も出場した。
得点はわすれてしまったが、スコア的には大敗。
それでも以前よりは、ずいぶん良くなった。
3月25日に学校での最後の練習を終え、27日に愛媛FCの試合観戦をして、匡のコーチ契約が終了した。

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「あいテレビ」撮影快調!

DSC002263月23日、あいテレビの取材を受けた。
本当は、土手を歩きながらの撮影を予定していたのだが、雨のため、急遽、自宅で夫婦揃ってインタビューを受けた。
そして夜は、タムラで「バーテンダー匡」としてカクテルを作る姿を撮ってもらった。
道後中での講演の様子や、けい子の日本語教師としての授業風景などと合わせて、編集していくそうだ。
4月6日の「キャッチあい」で放送する予定だ。

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「アナログRADIOあっとまーく」

DSC002213月22日、ラジオに生出演した。
オープニングは、バーテンダーとして登場し、オリジナルカクテル「カンクン」を作って飲んでもらうというものだった。
シェーカーを振ったり、グラスに注いだりした音も、すべて生で流れていた。
簡単な打ち合わせをしただけだったわりには、とても上手くいったのではないだろうか。
その後、本題の旅の話になったが、前半は「インド」、後半は「地球の裏側の日本人」についてしゃべりまくり、テーマの「生き方」に迫ろうとした。
しかし、1時間は、あっという間に過ぎ去り、3人は、まだまだ話し足りない様子ながら、一応のエンディングを迎えた。
枡形さんも飛鳥さんも、とても理解があって、楽しく話すことができた。
途中、思い出の曲、マナの「マリポサ」をかけてもらえたのも嬉しかった。
2回目のラジオ出演は、前回よりもより多くの気持ちを伝えられたように思う。
聴いた方々は、どうだったでしょうか?

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March 21, 2005

ラジオに出ます!

3月22日(火)夜10時、南海放送ラジオ(1116kHz)の「アナログRADIOあっとまーく」という番組に出演します。
ディレクターの藤岡飛鳥さん、俳優の枡形浩人さんとご一緒させてもらいます。
今回は、「バーテンダー」と「国際理解コーディネーター」という2つの顔で押すつもりなので、オープニングでカクテルを作ろうか、と考えています。(音しか聞こえませんが…)
途中、ラテンアメリカの思い出の曲なども、かけさせてもらう予定です。
楽しいものになればいいなと思ってますので、恥ずかしいけれど、聴いてください。

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March 17, 2005

附属中学校終了

DSC002173月14日、附属中1年部のクラスマッチが行われた。
私の授業予定の時間だったので参加させてもらった。(と言っても見てただけ)
生徒らが企画・運営し、男女ともドッジボールのゲームをした。
総合優勝は、砂田先生のクラスだった。
私の見る限りでは、男子は、弱かったのだが…。
砂田先生によると、生徒たちは私のことを「ナカヤン」と呼んでいるそうだ。怖い物は、ないらしい。
閉会式で、最後の挨拶をした。
そして、転校していく生徒とともに、別れの歌まで歌ってもらった。
3月15日に、2年生のサッカーの授業を2時間行い、体育の講師の仕事が終了した。
短い間だが、楽しくやれて、いい経験になった。
成績処理の時期に風邪をひいてしまったので、体育部の役にはあまりたてなかったかもしれないが…。
何人かの先生に挨拶をし、附属中を後にした。

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余土中サッカー部、お別れ会

050313_1423013月13日、久しぶりに余土中第3グラウンドを訪れた。
サッカー部の3年生を送り出す「お別れ会」に呼んでもらったのだ。
ちょうど高校を卒業した余土中サッカー部OBたちやお父さんプレーヤーも参加し、賑やかなサッカー大会となった。
お昼に、お母さんたちが作ってくれた美味しいカレーを食べ、その後もサッカーをした。
匡は、高校3年チームに入ったので、無敵を誇ることができた。
例によって徹夜での参加で、足下はふらついていたが、得点を決めたりもした。
最後に3年生が、在校生たちに言葉をかける。
教員最後の年に教えた1年生たちが、もう卒業だ。
ホームグラウンドに立つといろいろなことが思い出される。
こいつらにとっても、この場所は、いつまでもホームグラウンドだろう。
また、この場所に集まろう!

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March 16, 2005

松山市立道後中学校での講演

3月11日、道後中の3年生を対象に講演をさせてもらった。
事前に3年部の先生とタムラで打ち合わせをしていた。テーマとしては「日本人の国際貢献」ということだったので、「ブータンの農業指導に、身を捧げた日本人…ダショー西岡」の話を入れたが、最後は、インドの話で「生き方」について考えてもらった。(つまり、この日も裸になった。)
県立入試を終えた翌日だったので、集中して聞いてもらえるだろうかと心配したが、生徒たちは、しっかり落ち着いた態度だった。
講演の後、宮下先生が生徒の感想文を、タムラまで持ってきてくれた。
これまでの講演でも、たくさんの感想文をもらってきた。それは、自分自身が勉強するための教材になるし、宝物でもある。そんな感想文をこのサイトに載せたいと前から思っていたのに、なかなかできないでいた。今日こそ載せてみよう。(残念ながら写真は写っていなかった。)

〜 感想1 3年女子 〜
私は、この講演を聞く前は、中矢先生ご夫妻は、旅好きで世界を回っているのかと思いました。
でも講演を聞きながらすごいなと思いました。テレビに出てくる旅をする人は、日本で着ている服のまま現地を動いていたり、通訳の人がいたりして、中矢先生のように、体当たりで、いきなり人の家に入って、がんばって馴染んだり、現地の人々と同じ服をきたりはしません。
インドでのお話を聞いたときは、感動して涙が出ました。貧しすぎる人々を助けられなくて「自分は何なのだろう」と考えていたというところでは、とても胸が痛かったです。
私は、自分が何のために生まれてきたかは分かりません。
でも、これからの人生で何かつかめるように、毎日生きていたいと思います。

〜 感想2 3年女子 〜
私は、中矢さんがとてもうらやましく思いました。
自分の思う好きな国へ行って、いろいろな人と出会い別れ、知ることができるからです。
ただそれは、楽しいことだけではなく、理解できない言葉の壁、周りからの疎外感、生死と向き合うことだってあります。
中矢さんは、そんな経験をして、自分と向き合い、自分について考えることができました。
私も、そんな人たちと出会いたいです。誰かを救いたい。
そして自分について、他国で、他国の人々の中で考えてみたいです。

…さらにニュースがある。
この講演の様子を、「あいテレビ」が取材に来て、講演後も、夫婦でインタビューを受けた。
我々のことを、しばらく追跡取材してくれるようだ。
実は、プロデューサーの崇さんは、けい子の中学時代の同級生である。
先日の三越でのバーテンダーの大会を取材に来ていて、偶然再会し、我々の今の生活を話したところ、とても興味をもってもらい、今日に至ったというわけだ。
タムラやけい子の通う日本語教師養成講座でも取材し、3月末か4月に放送する予定だそうなので、皆さん楽しみにしていてください。

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マドンナに会いに

DSC00210道後の駅前に行けば、マドンナに会える。
ついでに坊ちゃんや駐在さんもいる。
時計台の前で記念撮影もさせてもらった。
実は、このマドンナは、けい子と同じ「日本語教師養成講座」で勉強中の河野さんだ。
雪の日も、ここに立って、観光客の接待をしているのだそうだ。
この後、同じく日本語教師養成講座の石橋さんとも合流し、みんなでうどんを食べに行った。マドンナ貸し切りで。

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March 05, 2005

全国バーテンダー技能競技大会 松山支部予選

DSC001932月27日、私は風邪に冒されたうえに、寝不足の身体を引きずって、三越アトリウムコートにいた。
大会を運営するスタッフとして来たわけだが、いったい何をすればいいのだろう?
ミーティングで指示された仕事は、「出場選手のアシスタント」。
私なんかで務まるのだろうか。
出場者中、最年長の松田さんのアシスタントとして、今日一日を戦い抜くことになった。
松田さんと打ち合わせた通り、氷やグラス、お酒のセッティングをさせてもらった。
もし、グラスを落として割ったら、選手の1年間の苦労が水の泡となるので、こちらも緊張する。
本戦7名、ジュニア(25歳以下)4名の選手らは、それぞれ素晴らしい技術と情熱を表現してくれた。
普段、お客さんに喜んでもらうために磨いてきた腕を、晴れの舞台で披露するのだ。
結果、優勝は浅岡さんという女性バーテンダー。たしか、昨年の全国準優勝者という話だ。
彼女は、次は四国大会に出場し、また全国を目指す。
スポーツの世界と同じ空気が感じられた。
スタッフや選手たちともたくさん話をした。そして私は、この世界でも「先生」と呼ばれている。
来賓で現れた松山市長とも、話ができた。
無事終了し、主催者のうちのマスターも満足気だ。
とても楽しく、勉強になった1日だった。
(その後、寝込んで各方面に迷惑をかけてしまった。)

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松山市立西中学校での講演

DSC001872月24日、西中の3年生を対象に講演をさせてもらった。
総合学習の最後の時間に、締めくくりとして呼んでもらえたことは、大変嬉しく思う。
以前に、一部の生徒対象に話をしたことがあったので、その生徒たちにとっては、2回目となる。
前回は「国際貢献」が一つのテーマだったので、いつもの内容に加え「ブータンの農業指導に、身を捧げた日本人…ダショー西岡」の話をさせてもらった。
今回は、「地球の裏側の日本人」と「カンボジアで、たった1人で地雷撤去を続ける元ポルポト派兵士…アキラ」の話を入れた。
伝えたいことがありすぎて、いつも悩んでしまう。
それでも最後は、やはりインドの話だろうと、腰巻き一枚で裸になった。
2台のストーブは、激しい炎で私の身体を暖めてくれた。
(…が、数日後、風邪に倒れ、寝込んだ。)
リスクの高い講演をしているが、生徒たちの心に刻まれるものがあるなら、本望だ。

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