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February 28, 2005

タムラ情報

img20050222132734年が明けてからも、毎日のように知人が訪れてくれる。
特に週末は、教員・サッカー関係者・協力隊OBの方々が、団体で来てくれることが多い。
ありがたいことです。

2月23日、NHKの午前11:30〜12:00の番組で、タムラで撮影されたものが放送される。
内容は、イチゴ狩りで採ってきたイチゴを使って、マスターの田村友二さんが、イチゴのカクテルを作ってあげるというものだ。「ご家庭でもどうぞ。」と言っているが、実際、家庭で作るのは不可能だろう。
ここで登場した「トリプルベリーカクテル」を、お店で出しているので、是非オーダーしてください。

2月27日、三越アトリウムコートで「全国バーテンダー技能競技大会 松山支部予選」が開催される。
協議内容は、
11:00〜課題カクテルの部
13:00〜創作カクテルの部
15:00〜フルーツの部
16:30〜結果発表
という予定で行われる。
うちのマスターは、バーテンダー協会の松山支部長なので、この大会を成功させるべく奔走している。
私も当日は、スタッフとして手伝いをするが、大会に出場する日は、まだまだ遠い。
昨年、全国準優勝したバーテンダーも出場するそうで、高度な戦いが演じられるのではないだろうか。
皆さんも、是非いらしてください。

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February 22, 2005

愛媛大学教育学部附属中学校での講演

tadashi32月17日、付属中の全校生徒を対象に国際理解の講演をさせてもらった。
参観日だったので、保護者もたくさん来ていた。
伝統ある付属中の講堂は、大変美しく、いい雰囲気だ。確か、薬師丸ひろ子主演の映画の撮影にも使われたはずだ。
ほとんどの先生が衣装を着て登場したので、子供たちも大喜びしている。
最初、パソコンの調子が悪く、焦った場面もあったが、その後は順調に進んだ。
最後は、いつものように腰巻き1枚のインド・スタイル。
2月にしては、寒くない日ではあったが、用意してもらった電気ストーブは、何者かによって電源が切られていて、やはり、身体には堪えた。
生徒たちの反応も良く、気持ちよく話させてもらった。
伝統ある場所で、講演できたことは大変光栄である。
この場所で裸になった人間は、私だけだろうということだ。

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新田青雲スキー実習

tadashi22月10日、広田の「サレガランド・プラーナ」で、新田青雲中等教育学校、総勢180名のスキー実習が行われた。
この日のために、1月30日には青雲の先生たちと練習にも行った。そのときには、渡部先生と私が、多少滑ることができるので、インストラクターを務めさせてもらった。
当日の私の仕事は、1年生全体の連絡調整とビデオ係というものだった。「スキー3級」に対して、最大限の評価をしてもらっているようだ。トランシーバーとビデオカメラを持って、時には後ろ向きで滑りながら移動した。
子供たちは、インストラクターの指導のもと、カニ歩きやコケ方の練習をがんばってしていたが、午後には、多くの者がコース上を滑ることができた。さすがに上達が早い。
スキーはやっぱり楽しい。

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February 07, 2005

「世界へはばたけ広田中生」民族衣装で少年式

DSC001742月4日、砥部町立広田中学校を訪れた。
鑓水店長にスタッドレスタイヤをローテーションしてもらったばかりの愛車「シェイラ」で、脇に雪が積もった道路を、駆け抜けて行った。
少年の日の記念講演ということで、呼んでもらったのだ。
其田校長先生とは、サッカー部の指導者として長いつき合いだが、もっと以前、私が垣生中サッカー部員のころから覚えてもらっているようだ。「剃り込みを入れたツッパリで、困った奴らだった」と言ってくれた。
今日、少年の日を迎えた5人の2年生たちに、夫婦で民族衣装の着付けをし、いよいよ講演が始まった。
衣装をまとった5人の「少年」たちは、嬉しそうに登場し、世界各地の言葉で挨拶をした。
1・3年生たちも大喜びしている。
時間は気にしなくていい、と言われていたので、「遊牧民との生活」「地球の裏側の日本人」「インドの路地で消えていく命」などの話を思いっきりしゃべらせてもらった。
窓の外は雪景色だったが、最後はいつものように裸になった。
しかも、裸のまま2年生たちと記念撮影までした。
生徒らも、先生たちも、保護者らも、みんな嬉しそうだった。

この日の様子が、2月6日の愛媛新聞に載った。
掲載された写真は、私の右腕で子供の顔が隠れてしまったのが、ちょっと残念だが、たくさんの人に、こんな活動を知ってもらえることは、とても嬉しい。

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附属中体育部歓迎会

1月28日、附属中の体育部の先生方に、歓迎会をしていただいた。
先日、世界をかけめぐるスポーツ屋の親父と親しくなり、その人たちも現れてくれた。
「酒味鮮」で、おいしいキムチ鍋をご馳走になった。
2次会は、タムラに移動したのだが、慶隆が来ていて、シャンパンを抜き、さらに重松先生率いる余土軍団も現れて、とても賑やかになった。
とても楽しい歓迎会をしていただいて、どうもありがとうございました。

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愛媛大学教育学部付属中学校 保健体育講師

もうひとつ、仕事を増やしてしまった。
ただでさえ睡眠時間がないというのに…。
付属中の松浪先生が、内地留学で愛媛大学の研究室に2ヶ月ほど行くことになり、その代わりとして、体育の授業を受け持つことになったのだ。
教員を退職したときに、もう愛媛県で教師をすることは、二度とないのだろうと思っていた。
自分自身の中でも、もっと抵抗があるのかと思っていたが、そうでもなかった。
同い年の安永先生から連絡を受けたとき、忙しすぎると言って一度は断ったのだが、今の立場で体育をするのも、またいい経験かもしれないと考えて、引き受けることにした。
月曜日から木曜日まで、1日2時間ずつで、週8時間の授業を担当する。
1・2年生とも、ハンドボールの教材を扱うことになったのだが、実は、ハンドボールは、指導経験がほとんどない。
早速、ハンドボールの大家(?)である作道に連絡して、ビデオや資料を用意してもらった。
1月24日、授業開始。

これに伴い、タムラは、月曜日は休むことにして、火・水・木は0:00くらいで帰るようにしてもらった。
金・土は、これまで通り、朝4時まで入る。
忙しくなるが、どの仕事もがんばってみよう。

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えひめ・情熱人間!夢人間!

松山市市長の中村時広さんが、FM愛媛で、土曜日9:30〜9:55に放送しているラジオ番組だ。
1月8日、その収録に行って来た。
道をつけてくれたのは、「ミスタータイヤマン」の鑓水店長。
ラジオ放送局の中に入るのは、初めてだ。
収録前に、忙しい市長さんと対面し、少しばかり話をした。
そして、すぐに番組の収録が始まった。
中村時広さんは、とても気さくで、頭のいい人だと思った。
私も特に緊張せず、楽しく会話することができて、あっという間に収録が終わった。
素直に話せたが、「もっと日系社会のことなどを伝えたかった。」という気持ちは残った。
一般の視聴者向けの番組で、深い話は難しいのかもしれない。
そのあとも、ロビーでしばらくお話しさせてもらった。
世界のことから、教育問題、日本の将来、人の幸せなど、話題は尽きない。
中村時広さんも、本音で話せているのか、収録後のほうが、おもしろい会話ができたかもしれない。
とにかく私にとっては、とても有意義な時間を過ごすことができた。

放送は、1月15日と22日です。
聞いてもらいたいような、もらいたくないような…。

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バンコクからの電話

今、東南アジア各地では、年越しどころではないところがたくさんある。
タイに行っている友人と、連絡がとれた。
年末のスマトラ島大地震以来、通信が途絶えていたので、我々夫婦は、ものすごく心配をしていた。
彼は、クリスマスをベトナムで過ごし、のんびりとしていたところに大地震の急報を聞いたそうだ。
タイのプーケットでダイビングショップを経営しているので、すぐにそこに飛んだ。
南の楽園プーケットは、跡形もなく荒廃していた。
彼のダイビングショップとクルーザー2隻も、島内の様々な施設も、インド洋大津波が、すべてを破壊し、消し去ってしまった。
幸いなことに彼のショップのスタッフとお客さんには、被害者が1人も出なかったそうだ。
「人の命に比べれば、ショップを失ったことなど、切手よりも薄い」と言った。
しかし、多くの知人が海にさらわれ、行方不明となっている。
タイ政府からの要請を受けて、海の底の捜索を続けた。
おそらく、彼はそこで地獄を見たのだろう。
決して泣き言を言う人ではないのだが、「眠れない」と言っていた。
今、彼はバンコクに戻り、一休みしている。
「また呑もう。」と言ってくれた。
言葉を使わずとも、語り合いたいことが、たくさんある。

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シェイラ、堂々来日

グァテマラでお世話になった「ペンション田代」の田代さんと娘のシェイラが、一時帰国している。
千葉の実家に帰っているのだが、忙しい中矢夫婦は、会いに行くことができないでいる。
実家の電話番号を教えてもらって、連絡をとることができた。
シェイラは、日本の小学校に一月ほど通ったそうだ。
「日本の学校は、どうだった?」「うん、楽しかった。」
お別れ会もしてもらって、満足そうだ。
「日本では、何が一番楽しかった?」「ディズニーランド!」
シェイラは、前からプーさんが大好きだったが、ミッキーマウスも大好きになったようだ。
田代さんは、年末にニューヨークのタケらと東京でパーティーをした。
ペンション田代に思い出を持つ者たち、20人ほどが集まったそうだ。
そこに参加できなかったのが、残念でならない。
チャッピーも帰国しているので、参加を狙っていたが、北海道からは来られなかったらしい。
電話で、田代さんが言った。
「しばらく会っていなかったという気がしませんね。また、会えますよ。日本かグァテマラで。」
また、会いましょう。
1月4日、彼らは、再びグァテマラへと飛び立った。
シェイラは、飛行機がとても怖かったと言っていた。今ごろ空の上のはずだが、怖がっていないだろうか。

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垣生小サッカースクール

12月23日、久米山さんの誘いもあって、垣生小学校のサッカースクールに参加させてもらった。
行ってみると、コーチ陣は、知っている人間ばかりだ。
勇さん、佐藤、慶隆の息子たちがいて、クローンに囲まれているような楽しさがある。
朝までタムラにいて、徹夜に近い状態で行ったので、多少フラフラしたが、小学生たちと楽しくサッカーをすることができた。

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北条南中学校での講演

12月17日、北条南中学校の2・3年生を対象に、国際理解教育の講演をさせてもらった。
とても子供らしい、乗りのいい生徒たちで、笑顔と笑い声の中、話を進めることができた。
総合の時間に、郷土について学習してきたこともあって、「日本を離れ、移民として暮らしている日本人」についての話もした。
先生方にも知り合いがたくさんいて、終わったあとも話は尽きなかった。
さらにその日の夜には、3年部の反省会があり、2次会でTAMURAに来てくれた。
まさにフルコースである。カウンターに座った先生たちのために、はりきってシェーカーを振らせてもらった。

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