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December 15, 2004

なでしこジャパンVSチャイニーズ・タイペイ

サンフィレッチェの山中から電話が入った。
台湾の趙さんが,チャイニーズ・タイペイ女子チームを率いて来日するとのことだ。
趙さんは,監督ではなく,団長という立場で来るそうだ。
山中は,現地に行くそうなので,私のこともよろしく伝えてもらうようたのんだ。
本当は,飛んで行って,西が丘のグラウンドでお会いしたいのだが…。

12月18日(土)  14:00 キリンチャレンジカップ2004 
           対 チャイニーズ・タイペイ女子代表(西が丘サッカー場)

どっちもガンバレ!

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December 14, 2004

達也と伸佳の結婚式

12月11日、教え子の結婚式に呼ばれた。
達也は、私が新任教師として始めて受け持った生徒で、入学から卒業までを共に歩んだようなものである。
津田中の教え子たちのテーブルに座れたので、最初から騒いで盛り上がった。
気分が良くなったところで、恩師として祝辞を述べた。
「達也は、昔からぶっきらぼうで、口の利き方を知らないが、芯のある男だ。」
奴が中3のとき、体育大会の選手宣誓を私が指名して、やってもらった。
祝辞の最後に、それを再現することにした。
達也が声をあげた。
「 宣誓
我々夫婦は、
恩師 中矢匡の精神に基づき、
正々堂々、夫婦喧嘩をし、
仕事に疲れたときも、人生に疲れたときも、
共に手をとり、助け合い、
どんなときにも、2人の夢を持ち続け、
決して諦めないことを誓います。
しかし、それでも辛いときには、
親族や多くの知人・友人に助けを求め、
なんとしてでも幸せになるよう、
努力することを誓います。
平成16年 12月11日  夫婦代表 梶岡達也 」
教え子たちと飲む酒は、美味い。
3次会はTAMURAにみんなが来てくれて、騒ぎは朝まで続いた。

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松山市立西中学校での総合学習

12月9日、戸梶先生からの依頼で、西中を訪れた。
3年生の総合学習の「国際理解」と「国際協力」を選択した生徒を対象に、授業をする。
最初に、おなじみの世界各国の衣装を生徒たちに着てもらった。
続いて、写真やVTRを使って話をした。
「国際協力」にスポットを当てて、ブータンで農業指導をした「ダショー西岡」さんのことを詳しく伝えた。
(ダショー西岡さんは、青年海外協力隊の元祖と言える存在で、ブータンの人々の心の中に今も生きている。最近「世界ふしぎ発見」で放送されたので、知っている人も多いだろう。)
最後は、いつものように裸になって、腰巻き一枚で話をした。
世界に興味を持っている生徒たちだけあって、とても真剣な眼差しで聞き入ってくれた。

その日の夜、いとこから電話が入った。
いとこの友人の娘が、興奮して帰ってきて、「今日学校で、すごい人に会った。」と言うので聞いてみると、どうも私のことらしく、連絡してきてくれたのだ。
私の話をまだまだ聞きたいらしく、その子の家族が新年会をTAMURAですることになった。
つながっていくもんだ。

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December 10, 2004

柏小学校「人権同和教育懇談会」

午後には、人権同和教育の視点に立った参観授業と、集会が行われた。
そして最後に、我々の登場。
児童・保護者を対象に講演を始めた。
小1の子にも分かるように話したつもりだが、子供たちは、本当に反応が良い。
保護者もみんな真剣に聞いてくれた。
はるばるやって来たかいがあった。
大森校長先生も、「次回は是非、魚も食べましょう」と言ってくれた。
また、来る日が楽しみだ。

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柏小学校「スリランカ・カリー」2

全校児童63名が集まって、カリーパーティーをした。
手づかみで食べるという体験も、初めてだろう。
「辛いー」「おいしいー」と、声が飛び交った。
今回は、子供向きに辛さを抑えた調合にしたそうだが、味は本格的でとても美味い。
我々夫婦も、おかわりをした。

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柏小学校「スリランカ・カリー」1

12月5日、愛南町の柏小学校を訪れた。
今日のイベントは盛りだくさん。
まず最初は、スリランカから来られているサワディーさん夫婦が、スリランカ・カリーの作り方を小学生たちに教えてくれた。
日本では、なかなか手に入らないスパイスもあって、大森校長先生と共に奔走して集めたそうだ。
東京のスリランカ・カリーのレストランから送られてきた、貴重なスパイスもあるらしい。
子供たちは、たくさんのスパイスに驚きながら、一生懸命、仕込みをしている。
「あれ?カレールーは入れんの?」1人の児童が不思議そうに言った。
今日は、ハウスのカレールーは使いません。

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December 08, 2004

中矢和政一周忌

慶隆の親父が亡くなって一年経った。
本当は21日だが、11月28日に同級生が集まった。
一周忌に、息子の仲間が集まるような人もなかなかいないだろう。
それほどに、我々はこの親父を慕っていた。
それぞれが酒やつまみを持って集まったのだが、慶隆は10kgものカニを用意して待ち受けていた。
賑やかに親父の話をした。だいたい今出の人間は、声が大きい。
親父に世話になった者ばかりなので、ネタは尽きない。
終盤、慶隆が隠していたドンペリのロゼを抜いた。
これだけ騒げば、親父も喜んでくれただろうか。

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December 04, 2004

開発教育全国集会『交流会』

初日の最後は、交流会が用意されていた。
たくさんの外国人やJICA関係者とも、自由に話すことができた。
匡の発表も好評を得ていて、多くの人から、感想を聞くことができた。
長老からは、「あなたのような若者が、日本を救う」とまで言われ、そんなにすごいのかと自分で驚いた。

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『世界の衣装展』3

「衣装」という切り口で話を進めた。
最後は、インドでの話。講演でもよく話している内容だ。
この話は、私が、インドで腰巻き一枚になって、世界がよく見えてきたところから始まる。
今回の締めは、この話しかないと思った。
いつものように裸になって話をしたが、いつもにも増して、参加者の反応は鋭かった。
聞いてくれている人たちは、外国でなんらかの経験をしてきた人や、日本にやってきた外国人、教員や教育学部の大学生なので、関心が異常に高い。
話し終わったときには、充実感に包まれた。

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December 03, 2004

『世界の衣装展』2

模擬授業ということで、参加者には生徒役をしてもらっているのだが、みんな素で楽しんでもらったようだ。
22名の試着が完了し、みんなで手をつないだ。約半数の人が前に出ていることになる。
今回は、モンゴルとスリランカの衣装を借りてきたので、いつもにも増して華やかだ。

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開発教育全国集会『世界の衣装展』1

続いて、匡のコーナーになった。
参加者は、4、50名ほどだったので、11のグループに分け、それぞれに男女1組づつの衣装が入った箱を渡す。
各グループで箱を開け、出てきた衣装を自由に試着し、どこの国のものかを予想して発表する。
我々は、国名の正解を答え、衣装の着方も訂正していく、という流れだ。

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開発教育全国集会『私が見た世界の国、そして日本』

宇都宮民さんが司会を務め、パネリストには元協力隊、横田先生ら日本人学校帰国教師、そしてALTのリチャードと、蒼々たるメンバーが揃った。
惜しむべきは、ディスカッションの時間が足りなかったことだろう。
日本人が他国でどのような扱いを受けるか、どんな差別を受けるか、というテーマで、我々のとるべき姿勢を、とことん掘り下げてみたかった。

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