July 09, 2009

三沢光晴、マイケル・ジャクソン

青春の偶像が、次々と亡くなっていく。

プロレスラー三沢光晴。
2代目タイガーマスクと聞けば、わからない人も、なんとなくイメージできるだろうか。
私は、格闘技が大好きで、小学生の頃から、プロレスを見てきた。
基本的にプロレスは、真剣勝負ではないと思う。
八百長があるし、不合理な約束ごと(相手の攻撃を避けない等)が多い。
しかし、三沢の試合は、見せるものがある。
初めてジャンボ鶴田に勝った試合や、三冠ヘビー級王座をかけて、スタン・ハンセンと戦った試合など、今見ても色あせない。
全日本を脱退し、ノアを旗揚げする時に、全日本のほとんどの選手が、三沢に続いた。
ファイトだけでなく、彼の生きる姿勢が、人の心を動かしたのだろう。
偉大な格闘家として、心に残したい。

マイケル・ジャクソン。
高校生の頃は、彼の音楽を毎日聞いていた。
高校3年生の運動会、ショーイベントで、学級全員で「ビート・イット」を踊った。
彼の影響か、大学生の頃は、踊ることが大好きになり、ディスコでバイトもした。
教員になってからも、演劇で、生徒らと「スリラー」を踊り、「We Are The World」を歌った。
若い人たちは、彼の奇行ばかりを見せられ、人格を認めることすらできないかもしれない。
悲しいかな、彼の後半の半生は、コンプレックスに埋もれている。
黒人として生まれたのに、何故あんなにも白い肌に恋い焦がれたのか。
整形を繰り返し、蝋人形のようになった顔。
自分のルーツを受け入れない限り、人は幸せにはなれないだろう。
悲しきスーパースターは、満たされぬまま死んでいった。
しかし、彼の残した音楽は素晴らしい。
多くの人を幸せにした。

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July 03, 2009

カクテルパーティーconサルサ

7月12日(日)18:00~開催
(社)NBA日本バーテンダー協会四国本部 松山支部 主催
「カクテルパーティ」のお知らせ。

私もバーテンダーとして協会に登録していたりする。
松山支部会員数約80名が、年に一度行うビッグなイベントである。
例年 秋冬時期に開催していたが、今年は夏!
そこで、夏やリゾートをイメージした数々のカクテルを用意(飲み放題)、ビールもある。
場所は、国際ホテル。

演出として
①映画「カクテル」で見られる「フレアバーテンディング」のショー
②サルサダンスミニレッスン
③サルサダンス パフォーマンス
などを予定している。

②③については、ミヨちゃん率いる、バーシェイラのいつものサルサメンバーが担当する。
なんと匡もダンサーとしてデビューする!!
現在特訓中!!

コレにお食事もついて¥4500(税込み)は安い!
チケットは、バーシェイラで購入できます。
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June 23, 2009

松山クラブ第5節

6月21日、我が松山クラブの、中予1部リーグ第5戦が行われた。
前回、歯痛により戦線を離脱していた匡であるが、流動食による4kgの減量を乗り越え、戦いの場に帰って来た。
この日集まったのは、写真の20名。
年齢は、下は18歳から上は50歳まで!!
職業も、教師、バーテンダー、国会議員と多彩!!
サッカー歴も、元愛媛FCから、サッカー未経験のハンドポーラー、ラガーマンまで!!
これぞ松山クラブである。
このチームの試合で、手術するほどの怪我をした勇さんも、2年ぶりの復帰だ。
この人のプレーする姿だけでも、次にいつ見られるかわからない。
まさにレジェンド!?
前半、金房の得点により1-0でターン。
後半には、匡を含む7名の選手が投入された。
奥田、友近の元愛媛FCツートップとともに入ったので、彼らにどんなボールを供給したろうかと胸が高鳴る。
すぐにリズムができて、友近がゴール!
これで2-0。
ところが、予期せぬアクシデント発生!
守備の要だった宮崎が故障する。
交代枠を使い果たしているために、10名で戦わなくてはならなくなった。
失点を許し、2-1。
サイドのプレーヤーだった匡も守備に帰らなくてはならない。
45分は永かったが、なんとか終了。
嬉しい勝利だった。
このチームでプレーできて光栄だ。

この記事を、監督としてみんなを出場させたため自分の出場を断念した水田に捧ぐ。
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June 18, 2009

松山北中、河野小の講演

6月5日、松山北中にやってきた。
社会人講演会として、2年生を対象に話をした。
この学年は、昨年度にも国際理解をテーマに話をさせてもらっている。
今回は、「生き方」に関わる深い話をしたのだが、生徒らは真剣に聞いてくれた。P1050213

ほとんど毎年呼んでもらっているので、この学校の成長を感じずにはいられない。
講演後、田○さんに声をかけてもらい、サッカー部の練習も見学させてもらった。
この1年間で、見事に成長させたものだなあと感服した。

6月15日、河野小にやってきた。
6年生を対象に「世界に目を向けよう」というテーマで話をさせてもらった。
この学校も、毎年のように呼んでもらっている。
今年も素朴な子供たちが待ち受けていた。
一生懸命になって聞いてくれるので、児童らの口が開いたまんまだったりして楽しい。

写真は北中。

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垣生中惨敗

6月9~12日の4日間、松山市中学校総体、サッカーの部が行われた。
匡が外部コーチをさせてもらっている垣生中の初戦は、拓南中。
死闘の末、虎の子の1点を守りきり、1-0で勝利。
続く内宮中。
一方的に攻められ、心もへし折られての0-6の惨敗。
指導者として、責任を感じずにはいられない。
親不知事件もあって、あまり練習を見に行けてなかった。
たまに顔を出して、ちょいちょいと指示して勝てるほど、サッカーは甘くない。
分かってたことなのだが…。
監督の先生と反省会をして、また一から始めよう。

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北高惜敗

6月7日、愛媛県高校総体サッカー決勝戦が行われた。
前日の試合も完勝だったので、期待が高まる。
前年度、選手権で全国出場したメンバーがほとんど残っているので、前評判も高い。
対する松山工業は、奇策に出たようだ。
ワントップで中盤を5枚にし、北高のダブルボランチを封じ込む作戦は見事にハマる。
北高は、前半最初に押し込まれ、フリーキックで1点を失う。
「まだまだこれから」と思っていたが、決定的なチャンスには至らず、1-0の惜敗となった。
夜、バーシェイラで予定されていた祝賀会は、当然キャンセルとなったが、選手の父親3人ほどが集まった。
静かにじっくりと話して飲んだ。
父ちゃんたちは、口々に、「息子が北高に行って良かった。」と言っていた。
いい夜だった。

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June 02, 2009

親知らず

5月28日、県中央病院で、親知らずを抜いた。
変な生え方してたため、歯医者ではできないと言われてここに来た。
真横に向かって生えてしまったそいつを、歯茎を切り開いて、砕いて、切り取って…。
作業は、1時間を超え、麻酔を何度も打ち直し、やっと取り除くことができた。
痛みで体は弱り、顔は腫れ上がり、店をアルバイト由紀子に預け、2日間は寝込んだ。
土曜日に前述の講演があったため、流動食しか通らない、腫れあがった口で、なんとかしゃべった。
その日には、店に顔を出したのだが、その後また寝込み、月曜日の今日も、また店をアルバイト由紀子に預けた。
顔の腫れも少しずつ引いてきたので、そろそろ復活するはず。
しかし、大変だった。
親知らず、恐るべし。
「親不孝しよるからや。」と、誰かが言った。

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愛媛県体育委員協議会

5月30日、愛媛県生涯学習センターで、愛媛県下の体育指導員を対象とした研修会が行われた。
そこで、「世界を旅してスポーツを考える」と題して、講演をさせてもらった。

スポーツをテーマに話すのは、初めてのことだったので、資料の準備に過去20年の旅の写真を見てみると、スポーツに関わるものだけでも多数あった。
自分自身がやったスポーツだけでも、アンデスやヒマラヤ、ギアナ高地のトレッキング、ビクトリア・フォール下からのラフティング、スキューバ・ダイビングにサーフィン、射撃、ハンティング、ピラニア釣り、果ては、アマゾンのヤガス族から吹き矢を習ったり…。
馬に乗り、ロバに乗り、ラクダに乗り、象に乗り。
そして、サッカー。
パラグアイのスタジアムで、決勝ゴールを決めたことを、講演で話すのは、初めてではないだろうか。

話の中身としては、自分自身が体育の教師を辞めた訳や、南米で流しの教員をしながら見つけたもの、そして、インドの体験から見出した、人との関わりと自分の存在意義。
スポーツという括りから、明らかにはみ出した内容になったが、私が話すのだから、これでいいだろうと勝手に解釈した。

講演後、面河中時代にお世話になった人が、挨拶に来てくれた。
教師を辞め、飲み屋で修業してた時に、偶然再会し、激しく批判してくれた人だ。
面河中の廃校式でも話したが、今日は、さらに、私のことを理解してもらえたようだ。
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May 27, 2009

救世主

100年に1度の不況に、松山の夜の街も大打撃を受けている。
あまり口にしないが、当然、バーシェイラも大変厳しい状況だ。
うちの店を気にかけてくれている皆さんによって、なんとか継続できている。
シェイラをグアテマラから呼ぶまでは、潰すわけにはいかない。

火曜のサルサパーティー以外の平日ともなると、静かにひっそりと営業している。
そんな中なのに、2009年になって、1度もボウズ(お客0)の日がない。
不思議である。
5月なって、お客が1人の日が3回もあった。
しかもその1人がすべて同一人物だとしたら、これはもう「救世主」と呼ぶしかないだろう。
ミラクルを起こしたその人は、いつも周年記念にフォックス・フェイスを贈ってくれる久米山さんだ。
短髪のオジサンは、イエスには似ても似つかぬ顔だちだが、少し後光が差しているような気がする。

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May 19, 2009

フライブルグからの青少年受け入れ事業

ドイツのフライブルグから、生徒17名、引率者4名が松山にやって来た。
5月15日、椿中で交流会がもたれた。
その中の国際理解講演会として、匡が50分ほどの時間をもらった。
話す内容は、いつもと変わらないが、ドイツ人のみなさんに理解してもらうのは、大変なことだろう。
事前に、話の内容は校長先生の手によって英訳され、通訳も5人ついている。
衣装、写真、VTRも駆使した。
どれだけ伝わったか分からないが、できれば感想を聞きたかった。
写真は、民族衣装を着た椿中の生徒達。Dsc00374

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May 11, 2009

祝!全国大会出場決定!!

5月10日、スカイフィールドでマスターズ(40歳以上)の四国大会が開かれた。
全国大会出場をかけた、トーナメント。
出場枠は、四国で2チームなので、トーナメント1回戦を勝てば、全国の切符を手に入れることができる。
すべてをかけた1回戦。
オレンジ軍団に、対するは香川代表。
愛媛は、前年の県リーグ優勝チームが単独で代表になるが、他の県では、県選抜チームでの参加が普通なようだ。
選抜の方が、いい選手を集められるかもしれないが、チームワークや思い入れは、単独チームの方が勝るだろう。
熱のこもった試合展開。
前半途中、水のシュートが決まった。
後半も、國や桝のディフェンダー陣が踏ん張りを見せ、1点のリードを守り切る。
そして、試合終了の笛がなる。
この瞬間、全国大会出場が決まった。
匡は、ひたすらアップを続け出番はなかったが、本当に嬉しい。
チームで喜びを分かち合った。
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続く決勝戦。
徳島代表との戦いに、匡はスタメンで出させてもらった。
松山クラブでやりなれた右サイドハーフ(ベッカムのポジションと人は言う)だし、故障した膝も良くなってきたから、活躍しようと意気込んで出たのだが。
徳島ボルティスを母体とする敵はなかなかに強く、自分は、思ったように走れていない。
いくつかのミスを犯し、特に役に立つこともなく後半へ。
ここで交代の予定だったのだが、流れでFW(点をとる係)として、出ることになった。
せめて空中戦で貢献しようと思い、何本か競り合ったところで、右ももが肉離れ!!
あえなく交代となった。
試合は、0-0で決着がつかず、延長戦も0-0。
PK戦、徳島の勝利で幕を閉じた。
チームのみんなは、よくやったと思う。
しかし自分は、情けなかった。
役に立つプレーヤーにならねば。
9月の全国に向けて頑張ろう。
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愛媛発着!世界一周写真展「出会い」

5月9日、管 真子さん、熊本 フミさんの写真展に行ってきた。というか、混ぜてもらった。
2人の写真の数々は、なるほど見ごたえがある。
匡が密かに狙っているイスラエルなどの写真もあったので、興味深く見せてもらった。
トークショーには、私を含め3人のゲストが用意されていた。
一人は、池田亮一郎さん。
愛媛の旅人としては、大先輩。
40年も前に世界を放浪し、当時のアフガニスタンも流離ってきたというからすごい!
もう一人は、愛知県からやってきた「赤ふんトラベラー」清水幹陽さん。
ふんどし姿で、ヨーロッパも歩いたらしい。
唯一の旅の道具である西アフリカの太鼓を携えて、各国でストリートミュージシャンとセッションをしてきたそうだ。
この日も景気よく太鼓演奏をしてくれたのだが、そこにも匡も混ぜてもらった。
匡のコーナーでは、南米の日系人の話をしたのだが、会場から拍手が沸き起こったのがうれしかった。
知人もたくさん来ていて、楽しませてもらった。
ちなみに、衣装はモロッコのスルタン。
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May 09, 2009

5月9日と10日

愛媛CATV大手町オープンスタジオで、管 真子さん、熊本 フミさん2人による、愛媛発着!世界一周写真展「出会い」が開催されています。
世界一周ひとり旅に成功した2人の女性による写真展です。
出発前にバーシェイラを訪れた2人を、匡が繋げたということを、大変光栄に思います。
会期は5月10日までです。
また、来場者からの質問・相談に答えたり、赤裸々な旅話が聞くことができる「旅トーク」も予定されています。
5月9日(土)15:00から開始です。
これに匡も混ぜてもらう予定なので、興味のある方、是非お越しください。

そして、5月10日。
40歳以上のカテゴリーで、昨年度、愛媛県を制した我が大洲FCが、全国大会出場をかけて四国大会を戦います。
東予のスカイフィールドです。
匡もリハビリ中ながらメンバーに入れてもらったので、やる気だけは満々で参加します。

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April 18, 2009

シェイラの誕生日

4月17日、グァテマラのシェイラが、15歳の誕生日を迎えた。
メキシコやグァテマラなど、ラテンアメリカの世界では、女の子の15歳の誕生日を「キンセ・アニョス」と呼び、特別な祝いをする。
結婚披露宴なみの盛大さと言えば、わかってもらえるだろうか。
「大人の女になった」という意味があるのだろう。

この日、偶然、バーシェイラに来た人たちと、地球の裏のシェイラを祝って、乾杯をした。

時差を考え、18日の昼に、グァテマラに電話をかけた。
「パーティーは、明日!」
15歳のシェイラは、うれしそうだ。
バーシェイラでは、シェイラを日本に呼ぶために「シェイラ募金」をしている。
(現在14万円を超えている。)
そのことを伝えると、「すごーい!」と驚いていた。
声が少し低くなり、大人っぽくなったが、日本語の話し方は、子供のころのままだった。

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March 26, 2009

タイ風レッドカレー

グリーンの次は、レッドだ。
ゴレンジャーみたいなけど、タイの代表的なカレーだ。
あとイエローもある。
緑色のトウガラシが赤に変わったと思えば良い。
インドカレーやグリーンカレーよりも辛く仕上げたので、辛いのが苦手な人には、ココナッツでマイルドにして出したりもしている。
最近カレーをよく作るから、「カレー屋したらいいのに。」と言われる。
というか、カレー屋だと自覚している。

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March 24, 2009

面河中学校閉校

3月22日、面河中学校閉校記念式典に参加した。

3年間、ここで先生をさせてもらった。
剣道を習ったし、思えばここに来たから、嫁と出会って結婚することになったとも言える。
たった8人の学級生徒と過ごした日々。
部員8人の剣道部で、愛媛県3位にもなった。
村の人には、世話になった。
飯を食わせてもらい、酒を飲ませてもらった。
ここで、緑色を美しいと思うようになった。

自分の人生の一部であるこの学校が、今日で無くなった。
もちろん記憶からは消えない。
たくさんの卒業生と教師が集まり、思い出を語り合った。
忘れないために。

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March 06, 2009

タイ風グリーンカレー

おでん屋は、好評のうちに終了した。
注ぎ足してきた出汁には、思い入れがあったので、捨てる時は、少し切なかった。

3月4日、トリガラでスープを作る。生姜、ネギ、ニンニクと一緒に、トリガラの臭みが出ないよう、弱火でコトコト煮る。
5日、鶏肉をスパイスで炒め、ココナツミルクとともにスープで煮込む。
6日、ナス、シメジ、パプリカ、ピーマンなどを炒め、ルーに加える。
というわけで、タイ風グリーンカレーが完成した。
ココナツミルクのマイルドな甘さに、グリーンペッパーの辛さがピリッときいている。
本場ほど辛くはしていないので、普通に食べられるはず。
しばらくは、作っていこうと思っている。

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February 24, 2009

おでん屋

カレー屋に続いて、おでん屋をやっている。
昆布のダシがきいた、やや濃口の味付け。
卵、大根、焼き豆腐、こんにゃく、牛すじ、ちくわ、ゴボウ天、平天、つくね、イカげそ、昆布、ソーセージがある。
大根なんかは、しっかり中まで味がしみているので、感動してる人もいる。
2月いっぱいは、やる予定。

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February 16, 2009

友近としろうがやってきた!

2月15日、垣生中学校で、垣生中サッカー部と松山南中サッカー部の練習試合が行われた。
そこに、元愛媛FC選手で参議院議員の友近としろうがやってきた。
垣生中の三好先生と中学校時代の同級生ということで、忙しい中、時間を作ってくれたのだ。

友近が勝山中の1年生だった時に、匡は、津田中で教師としてスタートした。
当時、友近と三津浜の大木は、突出したプレーヤーだったので、新人戦で対戦した時のことなど覚えている。

生徒らの中に入ってゲームをしたり、サッカー教室のようなものもやってもらった。
生徒たちは、大喜び。
実は、前の日にシェイラに集まったサッカーの指導者連中には、
「明日、友近が来るわ。日本の国政について、指導したらないかんなあ。」
などと息巻いていたのだが、一言述べるどころか、自分も一緒にプレーして喜んでしまった。

話していて驚いた。
この春から、匡の所属する松山クラブでプレーすることになったそうだ。
チームメイトやないかい!
彼が選挙に出るとわかった時には、私も辛口の評価をしていたが、こんな場所でも全力でプレーし、生徒らに一生懸命教える姿勢には、大変好感をもった。

今日、匡の携帯には、彼からのお礼のメールが届いた。
これからは、応援する側にまわりそうだ。
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February 14, 2009

愛媛大学の一学生の感想

一番考えさせられたのは「何のために生きているのか」と言うことだ。
私は最近自分が笑っていなかったので時々こんなことを考えていた。
そこで今日中矢さんのお話しの中で同じようなことを言われていたのではっとした。
やはり日本に生まれ育った私としては、ただ普通に生活をして死んでいくのはあまりにももったいないと感じるようになった。
お話の中にもあったが、その日一日を生きることに必死な人がいる現実。
その一方で、些細なことで悩んでいる私。
日本にいると当たり前にいることが当たり前ではない現実。
それを知らなければ「今」の生活にも感謝することもなかっただろう。
人は不自由になって今まで当たり前だった自由に気がつく。
体が五体満足に動いているうちは気づきにくいが、それが当たり前でなくなったとき、「普通」に感謝する。
私にはこの「当たり前のことに感謝する」という気持ちが欠けていたように思う。
毎日何不自由なく生活してきて、それでもそこで満足することなく、もっと欲しいもっと欲しいとナイモノねだりをする私。
そこでふさぎこんで立ち止まることは簡単だけれども、それでは日本に生まれてきた意味が薄れて行くような気がする。
では私は何をしなければならないか。と言うよりも、何がしたいか。
私一人が世界中の人を幸せにすることは不可能なことだが、自分の周りにいる人ぐらいは幸せにすることができるのではないだろうか。
私も去年、ザンビアのある小学校に派遣していただくというチャンスをいただいた。
しかし、そこで見て感じてきた現実を今の生活に生かしきれていない。
いろいろ言い訳をつけて考えることから逃げている。しなければならないことやできることはたくさんあるのにそれらから逃げている。
しかし、それではもったいない。
せっかく日本に生まれてきて、着る服もあり寝るところにも困らない生活を送ってきた私。
そんな私ができるのは、それらをしてもらったことに対して感謝の気持ちを表すことではないだろうか。
そんなことを感じているのは今だけかもしれない。
だから私も広い世界を見てみたい。そこで感じ・考え、これからの方向性を考えたい。
今日の中矢さんのお話を聞いてそんなことを考えさせられました。 
 お忙しい中、貴重な時間を割いて下さりどうもありがとうございました。

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February 09, 2009

カレー好評につき

本格インドカレーが好評だ。
最初の2日間だけで、40皿も出た。
2月の1週目いっぱい出そうと思ってたら、7日に足りなくなりそうだったので、また大量に仕込んでしまった。
というわけで、第2週もカレーがあります。
カレーが終了したら、おでんでもやろかな?
たこ焼きもいいなあ。
すみません。写真とってなかった。

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少年式3連発

2月2日、広田中。
2月4日、久米中。
2月6日、松前中。
少年式の記念講演を3連発でさせてもらった。
中でも広田中は、今年度で廃校となるため、これが最後の少年式。
感慨深いものがあった。
久米中では、バーシェイラ出身の教員・石田が、カンフー着で飛び回った。
このぐらいは、がんばってもらわないかんやろ。父親にもなったことやし。
松前中では、長距離歩行の前という時間帯で、集中しにくいかと心配したが、最終的には、充実感のある講演になったと思う。
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広田中でいただいたお土産は、見たこともないほど見事なシイタケだった。

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愛媛県青年研究大会

1月25日、砥部の青少年センターで愛媛県青年研究大会というものが行われた。
青年団に所属する参加者たちは、昨日から泊まりがけで研修している。
「青年らしく生きる」というテーマで講演をさせてもらった。
愛媛県青年団の会長は、驚いたことに面河中の教え子だった。
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愛媛大学 国際理解論

1月23日、愛媛大学で国際理解論の講義をさせてもらった。
対象の学生は、教育学部が中心だが、他の学部もいるらしい。
プロデュースしてくれたのは、教育学部学部長の寿先生。
90分間の講義を、学生たちは、興味深く聞いてくれた。
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成人式

随分前なのだが、書けなかった記事を載せてみることにしよう。
1月11日、余土地区の成人式に出た。
教員生活最後の教え子たちが、成人の日を迎えたのだ。
中2まで担任として関わったが、そこで退職したので、この子たちが中学を卒業する時には、地球の裏側を旅していた。
ブラジルからお祝いのメッセージを送ったことを思い出す。
あの時、見られなかった教え子たちの晴れ姿。
ついに見ることができた。
みんな、おめでとう!!
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January 29, 2009

シェイラでカレー

毎年、この時期は、お客が少なくて店が暇なので、何かしようと思っている。
去年は、タイ風グリーンカレーとか、お好み焼きを作った。
昨日から動きだしたのだけど、たくさんの鶏ガラで出汁をとったり、大量の玉ねぎを炒めたりした。
作っているのは、「インド風チキンカレー」。
今日、試作品を作ってみるので、明日の金曜日以降なら、お客に出せるものができてる筈。
20種類ものスパイスを使った本格的な奴を作っているので、期待してほしい。

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December 22, 2008

シェイラの年末年始

23、24日は、例年通り、カップル以外にのみケーキをサービスする。
大晦日だけ休み。
12月中は、日曜日も祭日も全部開ける。
そして例年通り、元旦から開ける。
貧乏暇なしで頑張るわ。
クリスマスも新年も、店で迎えるのが自然になってきた。
元旦は、そんなに忙しいわけではないんやけど、毎年「今日しか来れんかった」という教え子が現れるので、意味があるなあと思って開けている。あと東高サッカー部OBも来るか。
みなさん、いつでも来てください。

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December 19, 2008

友、遠方より来たる。

ニューヨークからタケがやって来た。
タケの帰国(来日?)は、いつも突然だ。
「中矢さん、明後日の月曜日、松山に行くよ。」

タケと出会ったのは、メキシコシティ。
グァテマラのペンション田代(シェイラの家)では、2回会っている。
ただしやシェイラの誕生パーティーに参加してくれた貴重な存在だ。
パーティーでタケが作った「コーラ煮込み叉焼」は、絶品だった。

そして松山に訪ねて来てくれたのは、3回目。
けい子と3人で、教え子のいる料理屋「一兆」で飯を食べ。
シェイラで酒を交わした。
タケは、メディアの仕事をしているので、政治・スポーツに詳しい。
野茂選手とも友達らしい。
オバマや野球の話、日本人のアイデンティティーの話と、ネタには困らない。
「ニューヨークに来てくださいよ。」
ただしは、前にニューヨークに行ったことがあるが、タケと出会ってからは、行っていない。
(行きたいなあ。3回も来てもらって、1回も行ってないんじゃいかんなあ。)
「冬のニューヨークがいいですよ。」とタケが言った。

朝まで飲んで、翌朝、タケは、福岡行きの飛行機に乗り遅れた。

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November 14, 2008

松山北高サッカー部 選手権制覇

11月8日、教育会の懇親会を後に、向かった先は、砥部運動公園球技場。
愛媛県高校サッカー選手権大会の決勝戦が行われている。
我らが松山北高に対するは、宇和島東高。
遅れて到着した私に、OBの一団が、声をかける。「おう中矢!こっちじゃ。」

北高、日体大と、匡の直系の先輩であった兵頭さんが、北高の監督だ。
この人に憧れ、尊敬し、日体大に進んだと言ってもよい。
チームで唯一残った3年生は、兵頭さんの息子で、キャプテンも務めている。

匡は、試合観戦中も「つっこみ」の仕事が忙しい。
北高のミスにもすかさず突っ込む。
愛と期待を込めた「つっこみ」の半分は兵頭さんの息子に注がれ、OBたちはその度、うんうんと頷いた。

0-0のまま延長戦に突入。
どっちに転ぶか分からない展開が続いたが、その後半。
北高のミドルシュート炸裂!
歓喜に沸くスタンド。
兵頭監督が、猛ダッシュでコートに走り込む。
「ああー。兵頭さん。」
審判たちが急いで静止に走る。
イエローが出なくて良かった。
いろんな意味で、この日、兵頭親子は大活躍。
そして、試合終了。
ついにやった!選手権を獲った。
兵頭さんも号泣。

祝賀会にも呼んでいただき、2次会はシェイラ。
兵頭さんに勝利の美酒を注がせてもらった。
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November 12, 2008

教育会

教育会という組織を私はよく理解していないが、小中学校の現職と退職した校長を中心とした、教員有志の集まりではなかろうか。
県下にある組織のようだが、今回は、松山市教育会に講師として呼んでもらった。
11月8日、道後の文教会館。そのような人たちを100名も前にして、若輩者の私が95分間喋らなければならない。
知っている顔もいくつかあったが、中でも自分にとって特別な存在の2人の退職校長がいた。
一人は、私の教員としての第一歩を踏み始めた津田中学校で、学年部長としてお世話になった方。
一人は、城西中学校で、教頭先生としてお世話になった方だ。
教師として育ててもらった恩人の前で、教師を辞めた男が、己の人生について語る。
教師を辞めた訳、代わりに求めたもの、見つけたもの。
教師として期待されていたであろう部分を裏切って、歩んだ道に、人は価値を見出してくれただろうか。
「世界を歩く」と題した講演で、もちろん世界中の話をしたが、初めて会った人でも分かってもらえるくらいに自分の人生と世界観を語った。

講演後、懇親会が用意されていた。
その2人の方も、私に酒を注ぎに来てくれた。お前の話を聞きに来たと言ってくれた。
話は、よく分かったと言ってくれた。

80歳を迎えた方の報償式もあったので、その人たちも参加されていた。
何人か私に酒を注ぎに来て、握手をしてくれた。
私の存在を喜んでくれていた。
強い握手だった。

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