July 14, 2008

北条高校 社会人講和

6月は…
 9日 河野小
12日 来住記念センター
18日 北条高校
30日 垣生小で講演をした。
来住記念センターでは、同級生や知人が多数参加してくれて驚いた。
垣生小は母校なので、特別な思いもあったし、知り合いの子がたくさんいて面白かった。
北条高校では、1年生を対象とした「産業社会と人間」という科目の社会人講和として、「世界を歩く」という題目で話をさせてもらった。
生徒が驚くほど真面目な態度で、「いい学校だな」と思った。
感想を1つ載せる。

私は、社会人講和に参加して、感じたことがたくさんありました。
まず私は、ベトナムの服を着せてもらうという、貴重な体験をさせていただきました。
 ~一番心に残っていることは、ガンジス川のお話でした。
人々が皆、助けを求めてくるなんて、とても悲惨だと思いました。
中でも赤ちゃんのお話は、とても驚きました。
生まれたばかりなのに、苦しみだけを感じ死んでいくなんて、ひどいことだと思いました。
私は、中矢先生のお話を聞く前まで、「何で私は生きているのだろう」とか「死にたい」とか思ってしまうことがありました。
でも、それは、とても贅沢な考えだったんだと改めて気付かされました。
世の中には、学校に通いたくても通えない人や、生きていたくても死んでしまう人達が何人もいます。
私の今までの考えは、その人達にとても失礼だと思いました。
だから、これからは、生きていることに感謝し、明日が来ることを嬉しく思い、1日1日を大切にしていきたいと思います。
そして、せっかくの人生を無駄にしないように、精一杯生きていきます。
今日は、本当に貴重な経験となったと思います。
今日学んだたくさんのことを頭に入れ、しっかりとした人生を歩んでいきたいです。
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June 25, 2008

コメント

このブログは、アクセス数が多い割にコメントがほとんどありません。
最近、「メルアドを入力しないとコメントできないので使いにくい。」というご意見をいただいたので、それらを入力しなくてもコメントできるように設定しなおしました。
皆様のご意見を、お待ちしてます。

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マレーシアで飲茶

マンダリンホテルという五つ星ホテルのレストランに飲茶をしに来た。
重厚な造りの建物で、調理場はガラス張り。
7人のシェフが戦う姿を、見ることができる。
こんな高級な店でも昼間の飲茶なら、一品200円ほどで食べられる。
プリップリの海老が入ったシューマイなど等、絶品である。
「中矢夫婦の世界シューマイランキング」では、シンガポールのラッフルズホテルと1位タイで並んだ。
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マレーシアで中華料理

中華料理は、美味しい。
本場中国もいいが、香港、台湾、シンガポールなどの方が、味が洗練されている。
マレーシアの中華も、それらと同じく世界最高レベルだ。

ブキッビンタンにある海鮮中華料理店にやって来た。
中矢夫婦にあるまじき、高級な店だ。
たくさんの水槽に海老や魚が泳いでいる。
地元の華僑で溢れ返っていて、観光客の姿は全く無い。いけそうだ。
薬膳料理のコースを勧められたので試してみた。
最初に出てきた上海蟹は、中国から輸入したものだと言う。
(そりゃ邪道やろ。自分とこの国で捕れた物使えよ!)と思ったが、食べてみると上海で食べたものより美味かった。
しかも蟹の身を丁寧に取ってくれるので、感動した。
フカヒレスープや干しナマコを使った料理など、素晴らしい味が出ている。
珍しい料理もたくさん出て、お腹一杯になった。
これは日本では食べられんやろなあ。
東京か横浜で10万円出したらあるかもしれんが、ここではしめて1万円。
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June 19, 2008

ギリギリサッカーの日

6月15日、日曜日。
松山クラブ第5戦、対県庁クラブ。
匡はスタメン出場だが、4人のミッドフィルダーのうち、3人が40代という厳しい布陣だ。
相手は若くて元気がいい。
攻撃の意識が強く、その分スキだらけで、簡単に点を取れるのだが、怒涛の反撃で取り返される。
前半終了間際に、匡にチャンスが訪れたが、ふ抜けたシュートで終わってしまった。(垣生中で練習しよう。)
後半にはこちらも十代の若手の選手を投入したので、平均年齢もぐっと下がった。
匡はベンチに下がり、本来なら今日の仕事はこれで終わりなのだが、そうはいかなかった。
福桝という怖い先輩に、もう一つのチームの試合に来るよう言われていたのだ。
雨でぬれたユニフォームを急いで着替え、車に乗り込んだ。
向うは宇和島。(!)
こちらは、40代のシニアのカテゴリーの大洲FC。
後半途中から匡が出場し、元気よくプレーした。
中予リーグでは、最年長の部類だが、シニアリーグでは、若手なのだ。
シュートチャンスも訪れたが、味方に阻まれてしまった。(!)
結局、松山クラブは、7-5で勝利。
大洲FCは、6-1で勝利。
1日に2勝することは、そうはできないだろう。
大変疲れた。

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June 17, 2008

様々な犬たち

Cayvubc4 総体の途中に「野良犬の会」をするのが恒例になっている。この世界では、もはや常識である。しかし、この日シェイラに集まったのは、いつもと少し様子の違う犬たちだった。

森犬さんの校長就任祝いでもあったので、名犬、猟犬、毛の抜けた犬などを含む、20匹もの犬の会となった。

特別に受けたオーダーにより、20人分の鍋を用意した。キムチ鍋と味噌鍋。

いつもの何倍ものプレッシャーを感じていたが、時間が進むと爆発的に盛り上がった。歴史的犬会となった。携帯で撮った写真がピンボケだが、載せるには丁度いいかもしれない。

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June 16, 2008

松山市中学総体サッカーの部

匡が外部コーチを務めている垣生中サッカー部が、市総体に挑んだ。
6月10日、初戦の相手は、北条南中。
弱小と言われた垣生中サッカー部も、少しずつ強くなってきた。なんとか勝たせてやりたいところだ。しかも、相手チームの監督は、北高サッカー部同期の篠原パンツ、さらに、長年の因縁のあるテン先生もベンチに入っている。負けるわけにはいかない。

前半0-0。
後半に先取点を決め、残り時間あと3分。
そのまま終わるかと思われたところで、まさかの失点。
しかし、その直後に得点。さらに、その直後、また得点。
3-1で勝つことができたが、普通、3分で3点入るか?
とにかく良かった。みんな大喜びだ。

翌11日、相手は優勝候補の三津浜中。
けい子が勤めている中学校でもある。
面白くしてやろうと張り切ったのだが、結果は0-7で惨敗。まだまだ努力が足りないようだ。

優勝は、三津浜中と小野中。

準優勝の久米中、附属中と共に、県大会では頑張ってもらいたい。

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June 05, 2008

屋台街

Dsc00005ホテルのすぐ裏が、マレーシア最大の屋台街。
活気がある。
マレーシアは、もともとマレー系の人達が住んでいたのだが、都市部には中国系とインド系の人がたくさん住んでいる。
それぞれの文化を守りつつ暮しているので、中華街やインド人街が存在する。
都市部の雑多な場所にも、微妙に住み分けがなされていて、それぞれの民族が多く集まるスポットがある。
ここは、中華料理満載で、中国系の家族連れなどがたくさん歩いている。

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June 03, 2008

マレーシア旅行記

やっと書き始める。
2007年11月25日からのマレーシア旅行記。

スタートは、首都クアラルンプール。
訪れるのは、実に20年ぶりだ。
前に来たときは、東南アジアを放浪していて、日本から、台湾、香港、フィリピンと移動してきた。
そこからインドネシアの島々を巡るために、クアラルンプールを経由したとき、一泊だけ滞在したのだ。
街は、お世辞にも綺麗とは言えない、ごちゃごちゃした、ただの中華街だったという記憶しかない。
新めて見るその街は、見事に発展していた。
初日に飛び込んだ宿は、「ブキッビンタン」と呼ばれる一等地。
中矢夫婦にはありえない、高級なホテルに泊まった。
街のど真ん中で、部屋は広く、窓からツインタワーが見える。
これで10000円もしないのだから、マレーシアは素晴らしい。
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June 02, 2008

松山北高、決勝進出

6月2日、愛媛県高校総体、サッカーの決勝戦が、北条スポーツセンターグラウンドで行われた。
我等が松山北に、対するは松山工業。
新人戦の決勝戦と同じカードとなった。
前半0-2とリードされ、いいとこなしで終わったが、後半は、反撃に転じた。
相手のファールでもらったPKを外してしまうが、次々とシュートを決め、2-2に追いついた。
いいムードだったのだが、最後はGKのオウンゴールにより、2-3で惜敗した。
残念ではあったが、2年生が主体のチームなので、今後も楽しみだ。

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松山クラブ 第4戦

ここまで1勝2敗。
名門、松山クラブが、なんと負け越している。
6月1日、迎えた第4戦。
相手は、帝人蹴友会。
松山クラブVS帝人と言えば、四国リーグ時代から名勝負を繰り返してきた。
匡は、前半出場し、勢い良くヘディングシュートを外したり、足を蹴られてフリーキックをもらうなどの活躍をした。
チームは1-0でリード。
ハーフタイムに交代となったが、代わって入るのが、南宇和の全国優勝メンバーなのだから、半分も出させてもらったことを光栄と思うべきか。
帝人が粘り強く守り、苦しい展開が続いたが、最後には3-0で完勝。
2勝2敗とした。

我々の試合が、「FCプーア」という城西中の教え子のチームの試合のあとだったので、教え子連中が観戦していった。
今年リーグ入りしたFCプーアは、4部リーグなので、我々と対戦するためには、3年間勝ち続けなければならない。
あといつまでやれるかわからんから、早よ上がってこい!

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90分

5月25日、匡の所属する松山クラブの中予1部リーグの試合が、東温市グラウンドで行われた。
対するは、愛媛大学法文学部サッカー部。
ちょうど歳が半分くらいの子らが相手なんやなあ。
例によって、シェイラを朝まで営業していたので、ほぼ不眠でやって来た。
ウォーミングアップを始めると、さっきまで飲んでいたアルコールが身体に回る。
中予1部は、ワールドカップと同じ45分ハーフで行われる。
今日は交代選手があまりいないので、匡もフルタイム出場することになった。
42歳が朝まで飲んで眠らず、若者相手に90分走る。なんと無謀なことを‥。
グラウンド上の最年長が、潰れることもなく、特に足も引っ張らず、素晴らしい活躍もなく、無事に終了することができた。
ただ、2-3で負けたことだけが、残念であった。
ここ2年は、膝の靭帯を痛めたり足首を骨折したりで、満足に活動できなかったが、少しやれそうな気がしてきた。

なぜ寝ないで、そんなしんどいことをしているのか?
痛めた足を、さらに痛めることもある。
大した活躍ができるわけでもなく、むしろチームのお荷物かもしれないのに‥。
40代の生活に、こんなアグレッシブな瞬間があるのは、素晴らしいことだと思うからだ。
衰えた体で、小さな挑戦をしたいのだ。

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March 13, 2008

大変長らくお待たせしました。

2008年になってしまいました。
もう3月半ばですが、今年もよろしくお願いします。
実は、年明けと共に引越しをしたのでネットに繋がりませんでした。
店にADSLを引こうとしたのですが、上手くいかず、何ヶ月も過ぎてしまいました。
今は、ダイアルアップで繋いでますが、近日中にモバイルで繋ぎます。
マレーシアに行くと言ったきりだったので、たくさんの人に心配をかけました。
安否を気遣い、ニューヨークからメールが届いたり、大阪から電話がかかったりもしたので、反省しています。
「ブログの更新がない!」と、久米山さんや國和など、たくさんの人からお叱りも受けました。
これから頑張ります。

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November 25, 2007

マレーシア、行ってきます!

突然の連絡になってしまった。
またも、中矢夫婦の新たなる旅立ちである。

25日、関空経由で、マレーシアのクアラルンプールを目指す。
行ってから宿を探さねばならない。
20年ぶりに訪れるクアラルンプールは、どんなに発展していることだろう。
26日には、レンタカーで移動し、どこかの町に泊まるだろう。
27日は最終目的地、ペナン島に到着する予定。
神野家との再会が楽しみだ。
28日は、ペナン日本人学校で講演をすることになった。
29日の夜、ペナンをあとにし、空路で帰国の途につく。
関空到着は、30日の朝。
昼過ぎには松山に帰る。
このあいだ、BAR Sheylaは、アルバイト池田が、頑張って営業する。
そして30日には、匡も店に立つ。

さあ、今から出発だ。

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November 06, 2007

シェイラ2周年

2005.11.11、シェイラOPEN。
あれから2年が経ちます。
皆さまのおかげで、なんとかここまでやってこれました。
11月の9、10日は、2周年記念という意味も込めて、楽しく営業したいと思っています。
11月11日も、日曜日ですが、こじんまりと営業します。お客さんからのアイデアで、「一品持ち寄りパーティー」をしようということになりました。ささやかな鍋でも用意しようかと思っています。誰でも参加できますので、どうぞ。

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新谷小講演

10月31日、大洲市立新谷小学校の人権集会に、話をしにやって来た。
小1、小2が元気が良くて、最初「これは話は聞いてもらえんかな。」と思ったが、話が進むとけっこう集中して聞いてくれた。
講演後、小3の子供たちから、夫婦で花束を贈呈されたりしてとても嬉しかった。

秋は講演のシーズンだ。
今後も目白押しなので、予定を書いておく。

11月8日(木)、下灘小・中PTA研修会
11月14日(水)、南第二中で人権集会
11月16日(金)、愛媛大学法文学部「経営入門」で講義
11月24日(土)、拓南中でPTA連合会のブロック集会で講演
12月8日(土)、国立大洲青少年交流の家での「大人を考えるフォーラム」に、パネルディスカッションのパネラーとして参加
  ※  このフォーラムは、四国各県の教育委員会も後援しており、対象は高校
        生~30歳程度ということ。興味のある方は、匡まで。
12月21日(金)、愛媛大学にて、「教育学部人間社会デザインコース発足記念講演会」
1月22日(土)、愛媛大学附属幼稚園、保護者会

「わたしでいいのか!?」と疑問が残るものもあるが、まあやってみよう。

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興居島講演

10月28日、興居島中学校の文化祭にやって来た。
泊小と由良小も全員参加し、保護者たちも来ていたから、島民のほとんどが聞いてくれたのではないだろうか。
そして、小1にも、90分ぶっ続けで話を聞かせる、という荒業をやってのけてしまった。
子供たちは、偉かったと思う。
感想文が届いたので、いくつか紹介しよう。(原文のまま)

ぼくは、なかやせんせいがあんなにいろんなくにのなまえをゆってくれてうれしかったです。ほんとうにゆってくれてほんとうにうれしかったです。

ドラゴンのしゃしんがほんとうにあつてびっくりしました。せんせいがはだかでぼくのまえにきたときさむくないのかしんぱいしました。
せんせいのはなしをきいていっぱいものしりになりました。

さいしょ、先生たちが外国人にへんそうしていたのが、おもしろかったです。
中矢先生のお話も楽しかったです。
インドは、とてもまずしいんだなと思いました。
たいわんのバナナを育てている人は、何で自さつをしたのかなと思いました。
さいしょはおもしろい話だったけど、さいごは、少しづつ悲しい話になっていきました。

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雄新中 「生き方講座」を終えて

雄新中から感想文が送られてきたので、1つ紹介します。(原文のまま)

 始め、先生の旅の話はおもしろく、珍しいことばかりで、正直「いいな、こんな楽しい思いをして‥。」と思いながら聞いていました。
 ところがバナナを作っているおじさんの話を聞き、私の思い、全体の空気は一転しました。「先生の旅は楽しいだけの旅じゃない。誰とでも仲良くなれるわけじゃない。苦しいこと、つらいこと、嬉しいこと‥。全ての中に、それぞれいろんな意味、できごとがあるんだ‥。」
 それから話は、生と死についてよく考えさせられるものになっていきました。「おめぐみを‥」と周りによってくる子供達、死にかけた赤ちゃん、死ぬ時を待っている人たち‥。そして、「何のために生まれ、何のために死んでいくのか」という先生の言葉‥。講演が終わっても、ずっと考えていました。頭の中に先生の言葉、その人達のことばかり浮かんでいました。
 人は、誰かに何かをあたえるために生まれてきたのかな、と私は思います。でも何のために死んでいくのかは分かりませんでした。

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October 24, 2007

雄新中での講演

雄新中学校には、よく呼ばれる。
一昨年とその前にも行った。
今回は、2年部の職業指導の一環として呼ばれた。
前に、打ち合わせで職員室を訪れたときに、「砂○に呼びつけられて来たでー!」と騒いでやったら、みんな笑ってくれた。
10月16日本番。「職業」というか、「生き方」の話をさせてもらった。

「人生観」「職業観」で講演することはよくある。
松山大学でも何度かやったし、実は、職業安定所から推薦されるほどだ。
極めて不安定な生き方をしているが、安定所推薦だからすごい。

90分の講演は、生きるだ死ぬだの、いつもより重い話を多くしたのだが、雄新の生徒たちも、ついてきてくれた。
感想が楽しみだ。
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松山市中学生 サッカー新人大会

10月9~12日、サッカーの新人大会があった。
我等が垣生中の初戦の相手は、附属中。総体では、準優勝し、県大会に出場したチームだ。
苦しい戦いだとはわかっていたが、前半に0-3と圧倒的な力の差を見せつけられた。
後半開始直後、指示通りの反撃に出て、1点を取ることに成功。
喜びもつかの間、すぐに返され、終わってみれば9-1の完敗。
また頑張って練習しましょう。

恒例の「野良犬の会」では、若い犬が三匹、教員採用試験に合格したので、そのお祝いをした。
うち一匹は、シェイラ出身である。とても心配だが、頑張ってもらうしかない。

決勝戦は、三津浜中対小野中となり、激戦の末、小野中が見事に優勝した。
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秋祭り

ずいぶん更新が遅れてしまった。
10月7日、朝5:00、今出の神輿があがった。
前日の宵宮で、別の神輿と当たったときに、肋骨を少々痛めてしまったが、大したことはないようだ。
垣生の町を周って、夜にはいよいよ宮入りだ。
クライマックスの二手に分かれた勝負。
昨年は、ここで神輿から落ちて、骨折、入院・手術という辛い経験をしてしまったので、今年の目標は、とにかく無事に終えること。
匡の所属するチームの大将が、神輿から落ちたときに頭を打ち、救急車で運ばれてしまったので、急遽、代行として上がることになった。
神輿は簡単に落とされて残念だが、怪我がなかったので良かった。
今年も無事、「若い衆」たちの勝利に終わり、いい祭りだった。

ケーブルテレビでよく放送されているので、是非ご覧になってください。

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September 27, 2007

ミャンマー

ミャンマーが大変なことになっている。
僧侶たちが中心となって、軍事政権に反対するデモを開始したが、軍部の弾圧により、500人以上が拘束され、5人もの死者を出してしまったようだ。
なんと愚かな。
ミャンマーは開発の遅れた自然の国だ。
農民たちは水牛の背に揺られて田畑に向かい、湖の漁師たちは、小船に1人が乗り込んで片足で立ち、もう片方の足で櫓を漕ぐという、なんとも和やかなスタイルで漁をしている。
人々は、とても素朴でシャイだ。
仏教は、皆の心のよりどころであり、精神文化の中核をなしている。
そして、僧侶は尊敬され、親しまれている。
3年前にミャンマーを旅したとき、たくさんの寺院を訪ねた。
出会った僧侶たちは、皆、気さくで、たくさん話をしてくれた。
何の話か忘れたが、5・6人の僧侶と一緒に笑ったのを覚えている。
彼らと出会った僧院のいくつかは、もう軍部に破壊されてしまったかもしれない。
「命」を最も大切に考え、それを教えている彼らが、自らの命を投げ打ってまで訴えようとしている。
このままでは終わらないだろう。終わらせられないだろう。
この国で、もっとも尊いものとして守ってきたものを、軍部は今、壊そうとしている。自分たちの権力を失いたくないから。
ミャンマーを、日本と世界は、見捨ててはならないと思う。

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September 13, 2007

青年海外協力隊OB会議

9月某日、シェイラを4人の男が訪れた。
彼らは、青年海外協力隊のOBである。
協力隊員などJICA関係者とは、研究会や講演で同席することも多く、知り合いが多い。
シェイラにもたくさんの協力隊OBが来るので、「世界と日本」をテーマにした会議が開かれることもある。
連れて来てくれた知り合いは、現在、某行政機関の議員をしている人だ。
2人がカンボジアのJICA施設に、1人はアフガニスタンに派遣されていて、今は、一時帰国で帰ってきている。
アフガニスタンに協力隊員は派遣されていないが、なんと50人ものJICAの職員や専門家が、現在、派遣されているということだ。
復興支援のために、農業、医療、教育、インフラ整備など、様々な分野で活動している。
その中の半数近くは女性だというので、さらに驚いた。
韓国人拉致事件が、一応収束したところだが、このことによって、アフガンに駐留する外国人が拉致され、交渉のカードとして使われる可能性はさらに高まってしまった。
日本は、アフガニスタンには軍隊を派遣していないので、軍撤退に使われる心配はないが、身代金要求に使われる可能性は十分にある。
日本政府は、アフガニスタン全土に退避勧告を出しているが、にもかかわらずJICA関係者は活動を続けている。
日本政府として、国際社会に対する責任を果たすために、復興支援活動は続けるということだ。
アフガンで苦しむ人々のため、さらに日本の国際的立場のために、彼らは命懸けで活動している。
このような事実が、なぜもっと国民に知らされないのか。
政府にもメディアにも疑問が残る。
シェイラ議事堂での会議は、その後も、日本の「政治とカネ」をめぐる問題や「戦後レジームからの脱却」について熱い討議が続いた。

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September 11, 2007

硫黄島

毎年8月には、戦争に絡んだテレビ番組がたくさん放送されるので、なるべく見るようにしている。
昨年封切りされたときに、とても興味を持ちながらも見ていなかった映画「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」もレンタルして見た。
ついでに「男たちの大和」と「出口のない海」も見た。
それぞれにテーマに迫ろうとした作品だと感じられたし、クリント・イーストウッドというアメリカ人がこのような作品を手がけた意味は大きいと思った。
しかし、NHKのドキュメンタリー番組の何本かは、それらの映画作品を遥かに凌ぐ衝撃を与えてくれた。
特に「硫黄島 玉砕戦~生還者61年目の証言~」(2006年作)は重みがあった。
爆音や血しぶきが飛び散る映像などはなく、硫黄島からの生還者が、ただ淡々と静かに語るだけで、その悲惨さと彼らの思いが伝わってきた。
これが戦争なんだなあ、と思った。
これまで封印されてきた戦争の事実が、近年、ようやく語られるようになってきた。
日本のメディアや視聴者も、正面から受け止めようとする姿勢がとれるようになってきたのだろう。
事実を知り、そこから何かを学び取り、これからの路を探るのは、今しかない。

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September 10, 2007

夏のサッカー

夏のあいだには、サッカーの様々なイベントが行われた。
今年は、愛媛県と韓国で日韓スポーツ交流が行われたので、犬たち(シェイラに出入りするサッカー関係者)は、愛媛残留組と韓国遠征組に分かれ、忙しい日々を過ごしたようだ。

8月12日には、垣生中でOB戦をした。
匡がプレーするのは約1年ぶり。
40歳を過ぎたメンバーが集まり、中学生と死闘を繰り広げた。
おっさん側のゴールキーパーが、シュートを弾いて手首を骨折するという大惨事に見舞われたが、試合そのものは良かった。

19日には、余土中でOB戦をした。
この春に高校を卒業した、かつてのポックリーズ(最小、最弱を謳ったサッカー軍団。最終的には県大会に出場。)が結集し、余土中生と戦った。
最後の教え子たちとの再会を喜んだ。

21日から23日は松山市中学生サッカー大会が、市民グラウンドで行われた。
垣生中は予選リーグ2連敗で、2日目のトーナメントでは初戦に拓南中に敗れた。
これで終わりのはずなのに、話の展開で、3日目に津田中の監督代行を務めることになってしまった。
どうなることかと思ったが、始まってしまえば叫び倒しているいつもの匡だった。

9月1日、2日には、3年生最後の大会となるジュニアユースの予選リーグが、城西中で行われた。
初日は、城西中に1-0勝ち、砥部中に5-0で負けた。
2日目、道後中に2-1で勝ち、最終戦は、その時点でリーグトップを走っている椿中。
2-5で敗れたが、これまでで最高の試合内容だった。
2年前の夏に垣生中が雄新中に0-20で惨敗し、それが匡がコーチを始める引き金となった。
ずいぶんいい試合ができるようになったなあと思った。

現在、コーチとしては新人戦を目指し、プレーヤーとしても試合復帰を目指している毎日だ。

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8月のシェイラ

最近、お客の減少が危惧されるシェイラだが、8月は忙しかった。
日曜日にも要望があったため、15日までは休みなしで営業を続けた。
特に11日から15日までの5日間は、連日満席となった。
教え子が大量に訪ねてきてくれたのがその要因だが、城西中の24歳になる教え子たちが一番多かった。
15日の遅い時間帯には、客がすべて教え子という現象が起き、最終的には城西中の同窓会になった。
毎日楽しかった。
しかし、16日の朝方から匡の体が急変。食中毒に似た症状が現れ、寝込んでしまった。
16日は痛恨の臨時休業。この日にシェイラを訪ねて来てくれた人、すみません。
疲れがたまっていたのだろう。気をつけないかんと思った。

バーやスナックでは、「ニッパチ」と言って2月、8月は最もお客が少ないと言われている。
シェイラに限っては、8月は当てはまらないようだ。
倒れるほど忙しい8月だったが、9月に入ってからは暇な営業が続いている。

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August 08, 2007

バカボンのパパにさよなら

アニメ、天才バカボンのエンディングテーマを覚えているだろうか?
「…41歳の春だから~、元祖天才バカボンのパパだから~、冷たい目で見ないで~」
そう、バカボンのパパは41歳だったのだ。
ちょうど一年前、私は41歳になった。
そしてこの一年間、パパと同い年であることをずっと実感してきた。
8月7日、42歳の誕生日を迎えた。
シェイラは、たまたま火曜のサルサパーティーの日だったので、たくさんの人で賑わった。
花束、ケーキ、シャンパンにワインと、次々に贈り物が届き、みんなに祝ってもらった。
「このまま死んでもいいかな」と、ちょっと思った。
今日で、バカボンのパパは卒業なのだ。
ちなみに8月7日は、ドラエモンの「のび太」の誕生日でもある。

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August 07, 2007

柱谷 哲二 氏

8月5日、ヴェルディと愛媛FCの試合のために来ていた柱谷哲二さんが、シェイラを訪れた。
匡ごときと元日本代表キャプテンが知り合いのわけもなく、柱谷さんの大学の先輩であるイサムさんが連れてきてくれたのだ。
本来、シェイラの休みの日なのだが、何人かから来たいと、連絡を受けて開けていた。
四国のサッカー関係者も集合していたので、20人を超える大サッカー宴会となった。
酒の配給も大忙しとなり、犬たち(地元サッカー関係者)が一斉に手伝ってくれた。
柱谷さんにビールを注ぐときは、力が入った。
ずっとテレビで応援してた人だ。尊敬し憧れていた。
犬 「柱谷さんの写真、撮らないかんのじゃないですか?」
匡 「いや、プライベートなんやから、そういうのは失礼やろ。」
などと言っていたのに、人も減った会の終盤、大分打ち解けたこともあって一緒に写ってもらってしまった。
さすが「闘将」と言われた人だけあって、サッカーに対して熱い話を聞くことができた。
興奮の一夜だった。
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「世界の食について」

7月31日、城西中学校で、松山市小中学校教職員夏季実技研修会(学校給食主任会)が開かれた。
給食の先生相手に、しかも「食」について話すなど、全く初めてのことなので、いささか戸惑ったが、結局は好きなことを言い切ったように思う。
のっけから、「私が教員を辞めてよかったことの1つが、給食を食べなくて済むということです。」「給食のパンがパン屋さんに置かれていたら、タダでも売れないでしょう。」など、逆撫で的発言で始まった。
世界中の食にまつわる写真を編集したので、コオロギ、バッタ、アルマジロ、カピバラ、イグアナ、ウミガメなどの食材や、牛や羊の丸焼きなど、珍しいものを見てもらった。
また、食べ物もなく死んでいく子供の話や、南米で老夫婦からもらった握り飯の話などをした。
「真心のこもった握り飯の味こそが、我々が忘れてはいけない、大切な味ではなかろうか。」と、しめた。
ためになる話か、面白い話をしたいと思っていたのだが、涙まで流している先生も何人かいたので、意味はあったのだろう。
こんなんで良かったら、どんなテーマでもやってみたいなあと思った。
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「広げよう国際理解教育」

7月27日、宇和島で第5回愛媛県国際理解教育研究大会が開かれた。
この会では毎年発表させてもらっているが、南予での開催は初めてなので、新鮮な気持ちで臨むことができた。
定番の内容を発表したのだが、自分のなかでの時間配分がうまくいかず、最後が尻切れてしまった。でも、大体は分かってもらえただろう。
たくさんの人に知ってもらえたので、今後、南予からのお呼びが増えるのかなあと楽しみにしている。
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実は今回、前の晩から宇和島入りをしていた。
主催者の荻原先生から、「うちの親が作ったロッジで、前夜祭をやるので、来ませんか?」と誘われていたからだ。
滑川の山の中にそのロッジはあり、ご両親のおいしい手作り餃子が迎えてくれた。
愛媛県下はもとより、大分や兵庫からの人も交えて、遅くまで山小屋は賑わいだ。
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