May 24, 2012

津田中講演第2部「日本人として生きる」

2週連続津田中講演の、後半戦に行ってきた。
「日本人として生きる」
と題して、3つの話をした。

「ブータンで死んだ日本人」
日本人による国際貢献の先駆けとして28年にわたりブータンの地で農業指導にあたったダショー西岡。
私の旅のVTRは、ブータンのJICAオフィスから青年海外協力隊の各現場を訪ね歩くところから始まる。
農家に泊まると、ダショー西岡と同じ日本人ということで歓迎を受ける。
最後に訪ねたのは、西岡さんが活動した農業試験場と、丘の上の、彼を祀った仏塔。
彼はブータンを愛し、ブータン国民に愛された。
ブータンの耕地を見下ろすその場所に、今は眠っている。

「地球のうらの日本人」
どんな苦境の中でも、日本人としての誇りを捨てなかった日系移民たちの生き様。

「東日本大震災」
困難を乗り越え生きようとする石巻の子供たちとの触れ合い。

日本人は何故自殺するのか?
何故幸せになれないのか?
他人の価値観に乗っかり、リスクを避け、豊かさのみを追い求め、自分をごまかして生きるか、それとも…
自分の大切なものを見つけ、それを守り、誇りをもって生きるか。

私自身、何をもって生きているとも言えない状態だが、そういうことを考えるきっかけにして欲しかった。

代表の生徒は、こんな意見を言ってくれた。
「今の日本人は、平和ボケしているというか、大切なものを忘れてしまっているように思います。
自分も日本人として、誇りをもって生きたい。そして、次の世代に伝えていきたい。
そう思いました。」

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May 23, 2012

「いしなぎ」

聞きなれないが、魚の名前だ。
嫁の弟の行きつけ、亀有の「かずき」で食べさせてもらった。
大将の息子が千葉沖で釣ってきた。
39キロあったそうな。
刺身もいいが、それ以上に鍋が美味かった。
白身だが、油ものっていて、何より旨みがある。

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金環日食

金環日食を築地の場内市場で見た。
肉眼でリングがはっきり見えたのだけど、写真にうまく写らなかった。
築地の仲買人たちも仕事を止めて見ている。
戦場のような場所だが、暫しの間、戦士たちも休息か。

場内のお寿司屋さんで握りを食べた。
美味かった。

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May 22, 2012

「焼き鳥はつらいよ」

津田の時のトモという教え子がやっている焼き鳥屋の店名である。
こいつが小学生の時、父ちゃんに「男はつらいよ」の映画に連れて行ってもらった思い出からきているそうだ。
町田の辺りに6店舗展開している。
今回初めて行くことができた。
トモと私の嫁と3人で、「焼き鳥はつらいよ」を2軒ハシゴした。
美味くて楽しい時間を過ごした。

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ジョンの結婚式

5/19、城西の時の教え子ジョンの結婚式のために東京へ行った。

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青山の明治記念館で披露宴が行われた。
庭園での記念写真。
私と新婦以外は全て自衛官。
東北遠征で寄った多賀城駐屯地から多数参加している。
一般の参加者と若い自衛官からは、私も自衛官だと思われていたようだ。

写真2
昨日のジョンの結婚式二次会。
東京ドーム横のベースボールカフェ。
100人近くいたのではないだろうか。
サーベルでケーキカットしたのは格好良かったのだが、そ​の後、タルトの一気食いをさせられている。

写真3
ジョンの結婚式三次会。
私以外は、全員自衛隊関係者。
このまま四次会になだれこんだ。
某A大学教授が、酔っ払って全裸になるというアクシデン​トにもみまわれたが、全隊員の協力により事なきを得た。
本当に楽しい1日だった。

前日の営業で徹夜したまま東京に行き、14時間宴会を続けた。
とどめに六本木のサルサバーでサルサをひと踊りして終了した。

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May 18, 2012

アラファトの墓

気分が高揚したので、未だ完結できていない昨年のイスラエル旅行記を書く。

~パレスチナの首都ラーマッラーにて~

「パレスチナ自治政府は、どこだ?」と幾人ものアラブ人に聞いたが、それらしいものにはたどり着かなかった。
代わりに「アラファトはどこだ?」と聞くと、ここにたどり着いた。
そこは、パレスチナ自治政府議長府…アラファトの墓だ。

精悍なパレスチナ兵が入口を固めていた。
パスポートを見せ、入場を許可されるが、渋い顔で兵士が1名ついてくる。
緊張の中、墓の前に立つ。
「待てよ、イスラムの拝み方ってどんなんや?」
ここで間違えると大変なことになるかもしれない。
靴を脱ぎ、その場にひれ伏し、頭を床まで下げた。
しばらくして顔を上げ振り返った。
兵士は、2人に増えていた。
その2人の兵士が笑顔で我々に、
「Welcome!」
と言った。
初めて、みんな笑顔になった。
やり方がどうだかわからないが、とにかく我々が敬意を表したと受け取ってくれたようだ。

パレスチナのために最も闘い、そして最も和平を目指した英雄の墓をあとにした。

余談だが、アラファトの命日は、11月11日。
偶然にも、BAR Sheylaのオープンした日だ。


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May 17, 2012

津田中講演第1部「世界を見る」

5/17、津田中の3年生を対象に「世界を見る」と題して、2時間の講演をさせてもらった。

旅の中で人と触れ合い、人を知り、人生を知った経験を語った。
山岳地帯、砂漠、密林など未開の地に暮らす人々。
貧困や戦乱の中で生き抜く人々。

今回は、たくさん時間設定をしてもらっているので、普段はあまり触れていないイスラエル、パレスチナの問題も扱った。
「人はなぜ争うのか?」
エルサレムにある、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の3大聖地。
「大切なものを守る。
大切なもののために奪う。
そこに争いが生まれる。」
旅の経験に基づく私なりの解釈を話す。
中学生には難しかったかもしれないが、生徒らはよく聞いていた。
カンボジアやインドの話では、特に集中が高まった。

来週、「日本人として生きる」と題して、また2時間話させてもらう。
こんなたっぷり話せる機会はあまりないので、次回も楽しみだ。

写真は、イスラエル兵。
そしてパレスチナの治安維持軍。


 


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May 14, 2012

松山クラブ40 第3節

5/13、四国中央市のスカイフィールドに行った。

松山クラブ第3節の相手は、上灘育成会。
チームメイトには、愛媛FCの初期を支えた者や、南宇和の全国優勝メンバーなどいて、愛媛サッカー界のお宝満載だ。
匡も「ポンコツ枠」としてその中に入り、左サイドのMFを務めた。
11人しかいなかったので、途中交代なし。
たいして役にも立たず、しょぼいシュートを1本だけ撃った。

試合は、熱戦の末0-1の惜敗。
去年1年間で1回しか負けていないので、松山クラブ40創立以来、2回目の敗戦となってしまった。

東北から帰ってから、ずっと体調が悪くて試合に出られなかったが、ようやく動けるようになった。
トレーニングして、ちょっとはチームの役に立とう。

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May 05, 2012

U-15愛媛チャレンジカップ

愛媛県下の中学生サッカー強豪チームを中心に、35チームが参加。
5月3~5日の3日間、7会場で行われた。
匡がコーチをしている垣生中も参加。
勝ったり負けたり引き分けたりして、中くらいの戦績だった。

GWは、ずっと店を開けているので、この3日間は、ほとんど寝ていない。
そして今から仕事頑張ります。

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April 28, 2012

教え子の赤ちゃん

津田中で担任した教え子の赤ちゃんを見に行った。
東北で暮らしているので、寒さを逃れて帰省中だ。
匡をじっと見つめてくる。
人見知りがはげしいらしいが、少しの間抱くことができた。
しかしその後、大泣き。

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April 24, 2012

ジャングル探検

この子は、3.11に家が全壊し、石巻小に転入してきた。
家が全壊というのは、石巻では珍しいことではない。
匡が1人で刀を振り回して、トラが出るというジャングルを探検した話が、気に入ったようだ。

「…ぼくは笑ってしまいました。
ロレンスさんは、旅の楽しさ、くるしさ、おもしろさを教えてくれました。
ロレンスさんありがとうございました。」

手紙には、匡の絵が描かれていた。
勇ましく刀を掲げ、未知の世界に踏み出していく。
勇者のような。

辛いことがたくさんあって、知らない世界にやって来た。
その中で一歩を踏み出す、この子自身の絵なのだろう。


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2行の手紙

石巻小3年生の子供たちからもらった手紙の中に、たった2行のものがあった。

「僕は、世界のことがふしぎにおもいました。
ありがとうございました。」

3.11、この子は、津波に流され、運よく救出された。
深い闇を見たのかもしれない。
今、精一杯頑張って学校に来ているのだろう。
精一杯の気持ちで、この2行の手紙を書いてくれたのだろう。


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ある航空自衛隊員の言葉

半年くらい前のこと、習志野の航空自衛隊の方が店に来たことがある。
3.11以降の活動の話を聞かせてもらった。

広報担当としてたくさんの航空写真を撮った。
人が救出されるところや、救援物資が届くところも記録した。
東北に長く駐屯した。
任務は大変だったが、地元の人たちに感謝され、生きがいを感じた。
子供たちからは、ヒーローのような扱いを受けた。

ある子供から絵をもらった。
飛行機やヘリコプターと地上の人々が描かれていた。
ところが、飛行機やヘリを操縦する自衛隊員も、地上の人も、すべて目に×がつけられていた。
この子は、おそらくたくさんの死体を見たのだろう。
そして、楽しいはずの絵を描いても、死んだ人になってしまう。

「この子が笑顔の人を描けるようになるために、自分は何をしてあげられるだろう?」
その隊員は、毎日考えていたそうだ。

その隊員が、私に言った。
「あなたのような人が、子供たちの知らない世界を教えてあげれば、もしかすると子供たちは変わるかもしれない。
笑顔を描けるようになるかもしれない。」

その頃の私は、東北で講演ができないかと考えながらも、なかなか実行できないでいた。
彼の言葉が、そんな私の背中を押してくれた。

隊員の名前も憶えていないが、名刺代わりにと置いていったメダルがある。


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April 12, 2012

住吉中からの手紙2

今日は、忙しい中、住吉中に来ていただき、本当にありがとうございます。

今日の話を聞いて、私は、「生きたくても生きられない」そんな人がまだまだ世界にはたくさんいるんだなあと思いました。
昨年の震災で亡くなった方々は、きっと「生きたい!」と思っているのに命をうばわれたのだと思います。
しかし、この日本にも、そして世界にも、生きたくても生きられない人がいるのに、自殺をする人がたくさんいます。
「どうして」という言葉しか出てきません。
その人は、生きられない人のことを考えているのだろうか?
「命なんかいらない」と思う人がいない世界にしたいと思いました。

今日の話で一番心に残ったことは、道の両脇に寝転がる人々の話です。
私もその場にいたら中矢さんのように何もできないと思います。
そんな人々を助けられるような人になりたいと思いました。

今日は本当にありがとうございました。

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石巻 住吉中学校からの手紙

住吉中の全校生徒から、手紙・感想文が届いている。

今日、中矢さんのお話を聞いて、自分は日本で生まれて育ったことが本当に幸せだなと思いました。
世界では、まだ戦争をしている国があるということは知っていたけど、
その戦争のために自分よりも小さい子供たちが集められて、
そして命がけで戦わなければならないということがどんなにつらい事なのか、とてもわかりました。
また貧しい国、村での生活は、自分が生きることに精一杯で、親と離れて暮らさないといけなかったり、売られたり。

私は今、震災にあって大変な思いをしたけれど、家族も友達もみんないて、すごく幸せな暮らしをしている。
そのことに感謝して生きていこうと思います。

私の今の夢は通訳なので、外国に関わることがいっぱいあると思います。
なので中矢さんに聞いたことをもとに、たくさんの人とかかわっていきたいです。

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天崎結婚式

3月7日、余土中サッカー部だった天崎の結婚披露宴に寄せてもらった。
こいつは、余土中が初めて県大会出場した時の立役者だ。
済美高校では、全国へ行き、得点もした。
匡の所属する松山クラブでも活躍している。
また、翼クリニックの医学療法士として、匡のヒザも診てくれている。
前に、「先生のヒザ、どっちもユルユルですよ。これでよくサッカーできますね。」と言われた。

お嫁さんは柔道家で、ロンドンが期待される浅見選手のお姉ちゃんだ。
どんな子が生まれるか、今から期待が高まる。
3次会で、余土サッカー部が、うちの店に集まり、また乾杯した。


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March 29, 2012

山梨県 増穂西小学校からの手紙

富士山を望む小学校から手紙が届いた。

「中矢 匡 さんへ
世界のお話をしてくださって、ありがとうございました。
私が一番印象に残っていることはインドでの話です。
今、私は日本にいて、めぐまれている生活わしていて、びんぼうな人とくらべるとゆうふくですが、
インドでは家もお金も無くて、道でくらしているびんぼうな人達がいるんだなぁ…と思いました。
そして、自分の子供の手や足を切ったりする事は、ちょっと胸が痛かったです。
ですが、こういうお話を聞いてあらためて「命の大切さ」が、わかったような気がします。
本当にありがとうございました。
これからも、世界じゅうをかけめぐってください。」

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城西六人衆

久しぶりに集まって飲んだ。
このメンバーが城西中でやってたのは、もう13年も前になるのか。

「あの頃は、楽しかったなあ。」と話す。
この頃に教えた生徒たちもよく店に来る。

あの頃、自分のテーマは、「学校は楽しくなくてはいけない」、だった。
今は、「人生は、楽しくなくてはいけない」。

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March 23, 2012

石巻小児童からもらった感想文 (ロレンス宛)

今日は、三、四時間目に、世界を回る、ロレンスさんという人に話を聞かせてもらいました。
ぼくは朝の会の時におなかがいたくて朝会がおわったあとも安心してじゅぎょうをうけることができませんでした。
なのでほけんしつでねていました。
ローレンスさんは、えひめ県しゅっしんで、いったことのある国といったことのない国を分けて見せてくれました。
そのあと、みずぬま先生やじゅんこ先生が、外国の人にばけて出てきました。
ぼくは頭がいたくて、あとからまた、ほけんしつに行きました。
ほけんしつで、はいたら頭がいたいのがなおりました。
そしておべんとうを食べる時には、ローレンスさんと二組のみんなといっしょに食べました。
ぼくはローレンスさんに、
「なにかしつもんしていいよ。」
と、言われたので、
「マチュピチュには行ったことはありますか。」
と、ききました。そしたら、
「はい。」
と、ローレンスさんはこたえてくれました。
ぼくは三四時間目に、ちゃんときけなかったけどきゅうしょくの時にいっぱいきけてよかったです。
今度は、ちがう話をきいてみたいです。

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石巻小児童からもらった手紙 「いろいろな世界の話」

私は、世界について今日いろいろ分かりました。
ありがとうございます。
モンゴルのゲルは、組み立て式だと分かりました。
じゃんぐるでは、トラがいるのでこわいと思いました。
エジプトでは、アルミホイルの上にたまごをわると、めだまやきができるぐらいあついことが分かりました。
いろいろすごいと思いました。
いろいろなふくそうがすごかったです。
あと、おばあさんと、おじいさんが、うそをつかない、ぬすまないというもくひょうがあることがすごいと思いました。
じらいのこともよくわかりました。
あぶないと思いました。
インドでは、きたない水があるのに、あびていてすごいと思いました。

そして、命は大切だと思いました。

これからも命を大切にしていきたいと思いました。
わざわざ、石巻小学校に来てくれてありがとうございました。
世界のことをもっと調べてみたりしたいです。

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しぼりたて浦霞

宮城の地酒だ。
いくつか飲んだ宮城の地酒の中で、これが一番気に入った。
冷でやるのがいい。

塩釜の宿から歩いて行ける所に蔵元があった。
この辺りも被災地で、酒蔵も塩水につかったようだ。
米を作ることも、酒を造ることも大変だったろうと思うが、とにかく美味い酒ができた。

2升持って帰ったので、シェイラで出します。
辛抱強い宮城の人たちが作った酒の味を味わってみてください。


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March 19, 2012

無事帰ってまいりました。

3.18、名古屋から大阪へ。
ミナミで「神座」のラーメンと「わなか」たこ焼きをゲットする。
大阪から香川へ。
丸亀の「味見亭」で讃岐うどんをゲットする。
そしてついに、ついに帰ってきた。
18日夜11:30、松山自宅に無事到着。

15日間。
走行距離‥3750km。
立ち寄った都道府県‥愛媛県、徳島県、兵庫県、大阪府、和歌山県、奈良県、滋賀県、三重県、愛知県、岐阜県、長野県、山梨県、埼玉県、東京都、栃木県、福島県、宮城県、茨城県、千葉県、神奈川県、静岡県、京都府、岡山県、香川県。
47都道府県のうち、実に24の都道府県に行った。

夫婦ともに体調をくずし、みなさまにご心配をおかけしました。
記事もリアルタイムを心掛けたものの、少し遅れてしまいました。
今回の旅で得たものは多く、記事としてさらにまとめていきます。
明日19日より、匡もシェイラに立ちますので、是非、旅の話を聞きに寄ってください。

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名古屋パニック!

3.17、横須賀防衛大から名古屋へ。
車を駐車場に止めて栄にくりだす。
ところが駐車場に帰ってビックリ!
消防車が2台集まり、警察官も多数集合。
私が車を止めた付近から、消火用の泡が噴出している。
原因はわからないが、大騒動だった。
泡の撤去までおびただしい時間を要したが、車には特に被害なく脱出することができた。
えらい遅くなり、着替えもなく洗濯も難しいので、ドン・キホーテでパンツと靴下を買い、近くのラブホに泊まった。

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防衛大学潜入

3.17、すべて終わったので松山を目指すのだが、ちょっと寄り道をした。

この日は、多賀城駐屯地前で飲んだ自衛隊員の教え子と会い、そいつの母校である防衛大へ行った。
明日の卒業式へ向けてのパレードの練習風景を見せてくれようとしたのだが、あいにくの雨で見れなかった。
それでも国防の中枢となるエリート養成機関に、初めて入ったことで興奮した。
学校の敷地内に戦闘機や戦車がある!!

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杉並高校生徒感想文

私は、最近になって世界を旅したいなと思いました。
今日の講演により、その気持ちはより強いものになった。

パレスチナの人々は争いを繰り広げながら危険な土地に暮らしている。
それなのに外国人を「Welcome!」といって歓迎できるのはなぜだろうか?
今の日本にその気持ちはあるのだろうか。

この疑問は、カルカッタとパラグアイの話を聞いて考えるべきものだと思った。
名前も未来もない子供や老人たちがひたすら道で物乞いする。
一人にあげれば何人何百人もの人々も求めてくるその土地で、善は偽善になってしまうだろう。
私がカルカッタを歩いたならば、泣き崩れてしまうと思う。

世界は大きく変わってしまった。それは、地球の反対に位置するパラグアイの日本人たちを見ても感じる。
「嘘をつかない。物を取らない。」これこそ日本人だと、日本に住んでいる私たちはいえるだろうか。
パラグアイに住んでいる日本人に言えるだろうか。

今の私たちは、外国人を迎えられるような大きな心をもっているのだろうか。
今日の話で私は、自分の人生を恥ずかしく思った。
私よりももっと小さい子供が、弱い老人が、もっと重いものを背負っている。
それを前から知っていたのに、目を背けてきてしまった。

だから、私も世界を旅しようと思う。
それが重くても、人に伝えられることができなくても、きちんとこの目で現実を見たい。

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都立杉並高校講演

3.16、杉並高校の1年生7クラスを対象に、90分の講演をした。
旅芸人中矢一座の日本縦断巡業、最後の興行となる。

都会の平均的な学校のようだが、「少しお利口で、少し裕福な家庭の子供たち」という印象をもった。
生徒らは、学年末試験後のユルイ空気。
出力40%くらいで、1日を過ごしている。
そこに、東北でアツアツになった出力120%の匡を投入する。
一部の聞く気のない生徒にビシビシ激を飛ばし、強引に注目させる。
集中する生徒は多く、後半は盛り上がり、一体感を感じた。
ライブ感覚でやっているため、その対象に対して言いたいことが強く出てくる。
「満たされた生活の中、自分はそれで精いっぱい生きていると言えるか!?」
こんな感じのニュアンスが強く出たようで、生徒の感想を後で見せてもらったら、ほとんどの生徒は、自分を振り返っていた。

外から見るとドライな生徒らだが、感想文は、みんな素直で人間的だった。
今日も楽しい1日だった。

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March 18, 2012

中矢夫婦復活!?

3.15夜。
大人しくしていたおかげで、夫婦とも体調はずいぶん良くなった。
といっても、けい子は、よたよたとしか歩けないが‥。
実は匡も、まぐろ丼以降は食欲もなく、3日間は、2人とも麺ばかりで過ごしてきた。

復活の儀式は、亀有で!
けい子の弟が、いきつけの居酒屋で御馳走してくれる。
両さんが元気に迎えてくれた。

出てきた北海の珍味は、見事だった。
ホタルイカ、マグロの脳天、タイラ貝等々の刺身。
だいたいわれわれ夫婦は、特にけい子は、食欲で旅を乗り切る。
食べられなくなったら終わりだ。
目の前の御馳走を一気に食べた。
もう大丈夫だろう。

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March 17, 2012

中矢夫婦ピンチ!?

3.13は、3校を大忙しでまわった。
すべてのミッションを終えた後、匡も熱を出した。

3.14、ついに宮城を後にして、東京を目指す。
福島の山も美しかった。
元気なら南相馬など訪ねたかったが、よれよれの夫婦はあきらめた。
それでも少しだけ遠回りして、福島県のいわき市の海岸線を走った。
海岸近くの畑では、おばあちゃんが畑仕事をしていた。
Jビレッジ近くまで行ったが、そこそこに引き上げた。

水戸に少し寄り、東京に到着。
ほっとしたのも束の間、翌3.15の朝、けい子が足の激痛を訴え病院へ。
まさかの「肉離れ」!!
いったい何故!?

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渡波中学校サッカー部を訪ねる。

3.13、住吉中講演の後、渡波中を訪ねた。
ここのサッカー部に、垣生中からのメッセージボールを渡す。

渡波小と渡波中は、校舎が全壊したため、稲井中と稲井小のある敷地に引っ越している。
一か所に4校の子供が集まっている。
渡波中は、現在、グラウンドの真ん中に建てた仮設校舎で授業を行っている。
部活動は、仮設校舎を境に、2つの中学校が分かれて活動している。

校長先生と話をした後、サッカー部に対面。
2年生キャプテンにボールを渡す。
「メッセージさっとを読んでくれたら、すぐ使ってもらって、ボロボロにしてください。」
ボールに群がって書いてある文字を読んでいる。
ミニゲームにも入れてもらった。
こんなこともあろうかとサッカーの道具一式は、持ってきていた。
相手に1人上手い子がいて、匡は激しくチャージした。
その子も転倒しながら必死にプレイする。
楽しかった。
練習後、
「今日のゲームがいつもより楽しかった者。」
と聞くと、みんな手をあげた。

稲井中にサッカー部がなかったため、この敷地内には、サッカーゴールがない。
中学生用のサッカーボールもなかった。
それでもみんなサッカーが好きなんだろう。
これからも遠く離れた地で、お互いサッカーを続けよう。

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March 14, 2012

住吉中講演 ~後篇~

自殺、移民の苦労、戦乱、貧困。
ネガティブな要素を含む話も、全てした。
生徒らは身を乗り出し、食いついて聞いている。
私の集中も高まる。
80分は、あっという間だった。

「3.11以降、被災地のことしか自分の頭には、入ってきませんでした。
何かできないかと考えましたが、1年間何もできないできました。
そして、やっとこの場所に来ることができました。
今日ここで私が話したことが、みなさんの今後の人生の役に立つことを願っています。」

一人の女子生徒が感想を述べた。
「自分のこれまでを振り返ることができました。
これまでの自分は、やはり甘えがあったように思います。
これからは、自分のできることはやっていきたいです。」

また一人の女子生徒は、
「新聞にもテレビにも映っていない世界があることが分かりました。
そして世界には、私たちよりも困難な状況で暮らしている人たちがいることを、今日知りました。」

サッカーボールは、2年生キャプテンが受け取った。
新人戦は、宮城県3位だったらしい。
エールを送った。

最後に夫婦そろって檀上で花束をいただいた。
こんなことになるとは、思ってもみなかった。
支援しに来たつもりが、花束だけでなくいろいろなものをもらったように思う。
私も全エネルギーを放出したが、生徒たちからも力をもらった。
確かに生徒は甘えをもっていたが、どこのだれよりも強い「生きる意志」も感じた。

教頭先生が、生徒の感想文を郵送してくれるそうだ。
とても楽しみだ。

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