January 25, 2012

1月22日 「出場7分間」

言い訳‥ 
20日の店の営業は、翌日の朝方までだった。
21日は、東予運動公園で大会に参加している垣生中サッカー部を指導しに行った。
その日の店の営業も、朝まで。
寝る間もなく、22日の朝、味生小にやって来た。


味生小の講演には、津田中時代の教え子が、数名来ていた。
かつての生徒たちは、親となって我が子の教育に取り組んでいる。
保護者ではないが、聞きに来てくれた者もいる。
教え子のお母さんが来てくれたりもした。
60分の講演の中で、津田中で教師をしていた頃のことも話した。
教え子の親、教え子、教え子の子らに。
体育館はとても寒かったが、子供たちは一生懸命話を聞いてくれた。


講演終了後、急いで北条のグラウンドに向かった。
松山クラブの大切な一戦は、まだ終わっていなかった。
終了間際に、なんとか試合に出してもらった。
出場時間7分。
ウォーミングアップなしの寝ぼけた体は、全く思うように動かず、短時間ながらもチームの足を引っ張った。
ちなみに、匡の少し前から出場した篠原パンツも役に立っていなかった。
迷惑をかけながら、八木と同じピッチに立たせてもらった。
(八木は、2月から和歌山県の社会人チームの監督になるので、同じピッチに立つことは、もうないかもしれない。)
試合は、6-0の圧勝。
松山クラブの本気の強さを示した。
八木は、フル出場で、1得点の活躍。
同級生2人が足を引っ張ったのを帳消しにしてくれた。

濃い1日だった。

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January 19, 2012

1月22日

味生小学校で、講演をすることになっている。
人権同和集会で、4~6年生と保護者が対象。
時間は、9:10~10:10。
かつての津田中の教え子たちも、子供はいないけど行こうかと言っている。

時同じくして、北条の天然芝グラウンドでは、我が松山クラブと西条88の入れ替え戦がある。
勝てば一部昇格。
大切な試合だ。
さらに、北高同期の八木がプレーする最後の試合かもしれない。
今期で、愛媛FCとの契約が打ち切られるからだ。
そちらにも行きたくてたまらないが、講演活動を優先すると自分で決めている。
匡の代わりになる選手は、いくらでもいるが、代わりに講演できる者はいないから。

そんな、様々な思いの詰まった1月22日だ。

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January 17, 2012

南第二中 全部盛り

1月13日、南第二中の2年生を対象に講演をさせてもらった。
5、6校時ぶち抜きで休憩なしでしゃべり続けた。
冒険ネタから哲学ネタまで全部盛りだ。
生徒たちは、よく頑張った。

風邪をひいているので、北高講演に続き、インドの衣装はモジモジ君のような黒タイツ。
この格好は必要なのか?

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January 11, 2012

母校凱旋 ~松山北高講演~

1月11日、母校北高に、講師としてやって来た。
1年生を対象に、「生きる」ということについて話をする。

講演自体は慣れたものなのだが、母校となるとやはり特別な感情が湧いてくる。
しかも呼んでいただいた武内校長先生は、匡が北高2年生の時の担任の先生。
1年部の学年部長のタツヤさんは、北高、日体大サッカー部の大先輩。
顔を潰すわけにはいかない。

60分ほど、力を込めて話した。
後輩たちは、ふわふわとしたスタートだったが、話が進むにつれ集中し、最後は微動だにしなくなった。
できることなら、あと2時間でも3時間でも話し続けたかった。


講演直後、タツヤさんに言われて、校長先生と3人で写真を撮った。
校長先生から言葉をいただいた。
「切り口が斬新で、面白かった。実体験なので、説得力があり、ためになった。」
「今日は、私にとっても特別な日になった。」と。(校長先生は、今年で退職される。)


講演の後も、一部の生徒たちと交流会があった。
希望者だけあって意識が高く、大学生にも負けないほどの有意義なディスカッションができた。
その中には、タツヤさんの娘さんもいた。


「母校凱旋」
有名人や、何かの功績を残した人などが、使ってもよい言葉なのだろう。
無名で、何も成していない私のような者が使う言葉ではないのだが、このような機会を与えてもらったことを光栄に思い、あえて使ってみた。

無知で愚かだった自分は、様々な人たちのおかげで、成長することができた。
学んできたことを、次の世代に伝えたい。
今日も、そんな思いが叶った。


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January 05, 2012

松山北高OB戦

今年は残念なことに、我が松山北高サッカー部は、選手権に出場できなかった。
正月を地元で過ごすことに。
そこで1月2日、OB戦が行われた。
匡の代が5人ほど集まったが、篠原パンツがプレーできないと泣き言を言いだしたので、4人が参加した。
100人くらい集まった中でも46歳というのは、ぶっちぎりの高齢で、次の年寄りは、33歳だった。

最高齢チームを組み、20代のチームと戦った。
46歳4人で、ミッドフィルダーを構成したところ、1-0で勝利!

次は、現役高校生チームと対戦。
まさかの3-0で勝利した。

気分よく新年のスタートを切ることができた。
みんなで兵頭監督と写真を撮った。
その晩も、シェイラで同窓生たちと飲んだ。

調子に乗りすぎたのか、その日から風邪をひいている。

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December 15, 2011

シェイラの年末年始

年内無休でいく。
日曜日も祭日も大晦日も開いている。
元旦だけ休みにして、2日から開ける予定。
貧乏暇なし!

もしも「元旦に来たい。」という人がいたら、連絡をください。

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シェイラでクリスマス

シェイラでは毎年、クリスマス難民救済活動を行ってきた。
「クリスマスに、特に予定のない人たちのための場所であろう!」と。

今年も、特に依頼を受けてもいないのに、活動を継続しようと考えている。
24、25日の2日間、、タダシ特製トマト鍋とケイコ特製ガトーショコラをサービスさせてもらおうと思う。
トマト鍋の最後の〆に、チーズを乗せてリゾット風にしたのが、去年は好評だった。

25日は、サルサパーティーも兼ねるので、賑やかになりそうだ。
24日は、今のところ予約0なので、静かに過ごす感じになりそう。狙い目です。

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November 21, 2011

表彰状

6周年を表彰してもらった。

「SGO希望会」とは?

会のメンバーは、女子たちだが、会長は男になっている。
謎を知りたい方は、お店まで。

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6年経ったなあ。

7周年はあるのだろうか?
なんにしても、グァテマラのシェイラ(現在17歳)が来るまでは、潰すわけにはいかん。
この冬か、次の冬に来れないか交渉中だ。もちろんシェイラ自身は来たがっている。

今年も、たくさんの花をいただいた。
削り節から出汁をとって作ったカレー鍋は、なかなか好評だった。
そして、お祝いに来てくれた人のほとんどは教え子たちだった。
この子らに支えられとんやと、改めて思った。


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November 06, 2011

「生きるということ 働くということ」 拓南中

11月4日、このようなテーマで、拓南中の2年生に話をさせてもらった。
職場体験の事前指導として、人生観や職業観を育てるということだ。

世界では、子供も普通に働いている。
そんなことも知ってもらおう。
1つ目の写真は、グァテマラのハンバーガー屋台で働く子供たち。
2つ目の写真は、ボリビアの道端で楽器演奏しながら施しを求める子供。

「生きるために働く」

パレスチナという、国として認められていない場所を守る警察官たち。
台湾のバナナ農園の労働者の自殺。
地球の裏に移住した日本人たちや、カンボジアのアキラ、ガンジス川などの定番の話もからめ、テーマに迫ってみた。
私が、教師になったことや辞めたことなど、私自身の人生観、職業観も話した。

生徒たちは、真剣に聞いていた。
長年、平和ボケしていた日本だが、これほどの困難に直面し、国民一人ひとりが真剣に考えるチャンスを迎えたのかもしれない。

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November 04, 2011

BAR Sheyla 6周年

おかげさまで、シェイラは6周年を迎えます。
そこで感謝を込めて、11月8・9・10・11・12・13日の6日間「鍋パーティー」をしたいと思います。
鍋は無料ですから、ぜひ食べていってください。
カレー鍋をしてみようかと思っています。

6年前の11月11日「イレブン・イレブン」にシェイラが誕生しました。 (ポッキーの日だそうな。)
「自分と人とが関われる場所」をつくりたいと思ったのが始まりです。
6年の間に、たくさんの人に関わっていただき、店もなんとか存続してきました。
不況が続き、夜の街も閑散とし、BARで語り合う機会も減ってしまったかもしれません。
そんななかでも「こんな場所があればいいな」と思っていただければ幸いです。

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October 25, 2011

今出大神輿 「今年も担いてしまいました。」

前のブログで「今年は神輿をかかない。」と言っていたのに、やってしまった。

朝からDVDの解説のために、祭りの現場にいた。
法被を着ないでいるのも、不思議な感覚だ。
カメラが回っている中、今出出身のべっぴんなアナウンサーとコンビで、リアルタイムに音声を入れていく。
参加できないのは寂しいが、祭りを客観的に見てみると、冷静にいろいろなことが見えてくる。
小さな子供を連れている親や年寄り。
ごはんの用意をしてくれるPTAのお母さん。
祭りは村のみんなのものであり、たくさんの人たちの関わりの中で成り立っていることが改めて分かった。
それにしても担き手たちのエネルギーはすごい。
はたから見てると「こいつら頭おかしいんじゃないか!?」と思える。

夜のクライマックス、宮入りの時がきた。
鳥居の横の足場から、カメラとともに収録していた。
「若い衆」と「家持ち」の対決が始まる。
「家持ち」の大将が、匡に向かって「そこで何しよんぞ。来い来い。」と言い出した。
すると周りの担き手も一斉に「来い来い。」と言い始めた。
なんだこれは!?
人が必死に我慢しよんのに。

気が付くと飛び出していた。
不幸事などで担いではいけない人が参加するときに、今出では頬被りをする。
タオルを被ったのだが、みんなによけい目立つと言われたので被るのを止めた。
法被も渡されて、袖を通した。
結局、普通に参加してしまった。
どころか我慢していたぶん、えらい興奮している。

「若い衆」側で、頭取が神輿の上に上がった。
この神輿が鳥居をくぐれば、祭りは終わる。
今年で勇退を表明している頭取。一瞬でも長くやってもらうには、我々がそれを阻止するしかない。
「入れさせんぞ!」と叫んで、神輿に飛びついたが、若い衆の覚悟が上回っていた。
神輿は鳥居をくぐり、頭取は見事に祭りを締めた。

神輿を担いでしまったことは、誰にも責められなかった。
担ぎたい気持ちと必死に我慢していたことを、みんな分かってくれていたようだ。
来ていないはずの母親に声をかけられ驚いたが、一応納得していた。


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パソコンが壊れた。

一か月ほど前に店に於いてるパソコンが壊れた。
修理から帰ってきたのだが、上手く動かない。
そんなことで、ここんとこ記事を更新していなくてすみません。

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October 13, 2011

講演の秋

10月14日 松山大学 社会人セミナー。
   21日 浅海小学校 人権集会。
11月 8日 倫理法人会 モーニングセミナー。
   12日 松山西中学校 文化祭。
   13日 久谷中学校 人権集会。

この季節は、講演にたくさん呼んでもらえて嬉しいかぎりです。
全部裸になる予定です。

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October 06, 2011

祭りの季節

毎年、この時期は大騒ぎをしているのだが、今年は静かにしている。
今年は、神輿をかかないことにした。

正月に親父の葬儀をした。
地域によっていろいろな説があるが、今出では、一般的に一年間は祭りにかかわらない。
もちろん今出の中でも、半年だという人もいるし、「本人が祭り好きなら、やることが供養になる。」という人もいる。
私自身は、参加するつもりでいたのだが、母親に止められた。
今年は、するなと。

そう言われると、これまで自分が、親の言うことを聞かず、親不孝ばかりしてきたように思えた。
今回くらいは、親不孝にならんようにしようかと思った。

法被を着ない。神輿をかかない。
そう決めた。

行って、うろうろして見てみよう。
写真でも撮ってみようか。
今出の祭りは、毎年プロに頼んで撮影編集し、DVDを作っている。
その解説の仕事も頼まれたので、それだけは頑張るつもりだ。
そして、これまで世話になった頭取が、今年で勇退するので、その姿だけは、目に残したい。


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September 09, 2011

モーニングセミナー

松山伊予倫理法人会 第436回モーニングセミナー開催。

○日時 9月15日木曜日 6:30~7:30 
○場所 ホテルJALシティ松山 2F フェスタ
○講師 国際理解コーディネーター 中矢 匡
○テーマ 「世界を歩く」

つないでくれたのは、匡の北高時代の同級生、西岡。
この会で活動しているようだ。
世界70の国を巡り、46年を生きてきて、「生きる」とはどういうことか、私なりに話してみようと思う。
経営者が中心の会らしいが、セミナーには一般参加歓迎とのことである。
すでに私の知人が、何人も申し込んでくれた。
セミナー後に、同会場で朝食を摂ることもできる。

○申し込み先 松山伊予倫理法人会 FAX 089-987-7021 TEL 089-987-7020
または、中矢 匡 携帯アドレス bar.tadashi@ezweb.ne/jp まで。

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アキレス腱断裂 ! 第3の男。

松山クラブ前期最終戦は、8月28日、大洲の平野グラウンドで行われた。
対するは、南宇和FC。
南宇和は誰もが知る名門ながら、今期は低迷している。
しかし、匡のなかでは「愛媛をリードするのは、松山か南宇和か!?」を決める「愛媛のクラシコ」と位置づけている。

こちらは、怪我人数名を含めた11名ぎりぎり。
怪我のため、仕方なくフォワードに置いた国○が2得点と活躍し、前半2-0でリードする。
その後半、Oサムさんが「パキッ!」という音とともに倒れた。
アキレス腱断裂。
今期8試合の中で、3人目の犠牲者が出てしまった。
担架で運び出し、試合は10人で続けた。
苦しい戦いだったが、4-1で勝つことができた。
無敗で前期を終えた。

Oサムさんは、車を運転できる状態ではなかったので、匡が運転して、その日の救急病院に運んだ。
車では、和やかに話していたのだが、病院に着いてから唸り出した。
ふくらはぎが収縮し、激痛が走っているらしく、脂汗をかいている。
後は、奥さんにまかせたが、
第3の男の背中は、これまでになく小さくなっていた。


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September 02, 2011

垣生中サッカー部、惜敗。

8月20、21日とジュニアユース中予予選が行われた。
3年生にとっては、中学校最後の引退をかけた試合となる。
去年は、県大会まで進むことができた。
その時は、3年が3人しかいなかったので、今の3年生たちが主体だった。
ほとんどのメンバーが残っているのだから、この代で県大会に進むことは、必然的な目標だった。

20日の初戦は、双海中。
普段のサッカーができず苦戦したが、PK戦でなんとか勝つことができた。
翌21日、難敵拓南中を迎えた。
どしゃ降りの雨の中、こちらの重要な選手が怪我で出られないと分かった。
悩んでいた心が決まった。
サッカーではない戦いにしようと思った。
ボールの蹴り合いの泥仕合に…。
こちらのチーム事情と天候から考えたのだが、フットサルで県を制した拓南の、局面での精度や集中力が怖かったこともある。
拓南にサッカーをさせたくなかった。
監督も全く同じ考えだったので、泥仕合メンバーがすぐに決まった。

ゲームは一進一退の末、1-1の引き分け。
延長戦0-0。
そして、PK戦で負けた。

選手らは、よくやったと思うし、拓南が上回ったという結果は受け入れられた。
しかし、この代の3年生らを県大会に行かせられなかったことが残念でならない。
そして、自分の存在意義が、宙に浮いた。
自分は、何のためにこのチームに関わっていたのか。
監督の先生と選手らによって、チームとしての活動は成り立っている。
そこに毎日関わってもいない私が、よりシビアな評価と要求をしてきた。
このことは、チームにとってどうだったのだろう。


自分が中学生の時を思い出す。
2つ年上のキャプテンの中谷さんは、鬼神のような存在だった。(後にその人を追いかけて北高に進んだ。)
その時の監督は、西村善太郎先生。
垣生出身で、サッカーが専門ではなかったが、圧倒的な存在だった。
魂とでも言おうか。
中谷さんには、善太郎先生の魂が乗り移っていたのではないかと、最近思うようになった。
先輩たちは、松山、愛媛を制し、四国大会決勝で苦汁を舐めた。
自分たちも先輩を超えることを目指したが、松山を制すも、愛媛を制すに至らなかった。
あの頃の気持ち。
死にもの狂いで取り組んだ、その原動力や悔しさのもとになったもの…。
「善太郎イズム」が、自分たちにも宿っていたのだろう。
そういうものを仲間と共有できたことを、幸せに思う。


今、自分はそれを伝えることができているのか。
自分の納得は得られていない。
私自身が、サッカーの指導を人生の最重要課題としていないのだから、当然かもしれない。
少しばかり睡眠を削りながらチームに関わっているだけのことなのだが、それでも、
生徒らの中に、仲間と共有するものが、故・善太郎の魂が残ることを願わずにいられない。

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September 01, 2011

46歳

8月は、いろいろと忙しく、ブログを更新していませんでした。すみません。

8月7日が誕生日だった。
その前後に、店でいろいろとお祝いをしてもらった。
こんなおっさんになっても、人に祝ってもらえるとは、本当にありがたいことだ。
サルサパティーでも祝ってもらった。
花、テキーラ、ワイン、シャンパン、ケーキなどをいただいた。
教え子が、手作りの「おっぱい型ケーキ」を焼いてくれた。
私が、一番喜びそうだと思ったかららしい。
ケーキにもメッセージボードにも「エロマスター」と書かれていて、もはや先生ではない。
去年は、痛風で身動きできなかったが、今年は、いい誕生日を迎えさせてもらった。


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July 28, 2011

渡部和寿 発進!!

今日、一人の男が松山から旅立った。
男の名は、渡部和寿。
目指すは、アメリカ大陸。
英語教師として半年間、ロス近郊で研修に励むそうだ。

我々夫婦が、南北アメリカ1年間の旅に出ていたときに存在した、伝説の組織「中矢夫婦を支援する会」。
何を隠そう彼こそが、その組織の事務局担当者だ。
ちなみに彼の奥さんが会計を担当した。
この夫婦に、義援金の管理をしてもらったり、救援物資をサンパウロに送ってもらったりした。

我々のときのように心配はされていない。
逆に残していく家族のことが心配だろう。
半年後、大きな男になって帰ってくるに違いない。
頑張れ、和寿!!

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July 26, 2011

ラーマッラー「パレスチナ警察」

パレスチナを含め、イスラエル全土を支配しているのは、イスラエル軍。
しかし、ヨルダン川西岸地区には、パレスチナ人によるパレスチナ警察が存在する。
軽火器を装備し、パレスチナ自治区内の治安維持にあたる。
パレスチナ解放軍が基礎となっているため、そもそもイスラエル軍とは対立関係にあり、報復のターゲットにされることもあるらしい。

「俺たちの国は、俺たちが守る。」

そんな当たり前のことを彼らは主張しているのだ。
ラーマッラーの中心部で彼らを見かけたので、一枚写真をとろうとしたところ、隊長らしき人がハイテンションで応じてくれた。
「おい、みんな集まれ!日本からのお客さんと一緒に写るぞ。パレスチナ警察らしく堂々としろ。」
そんなふうに言っている感じだ。
己の仕事に誇りをもっているのが伝わってくる。
植民地とは、多民族に支配されることであり、独立とは、自らが律していくことだろう。
祖国の平和のために立ち上がった男たちと、肩をならべた。


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July 20, 2011

あきらめない

7月17日は、吉田FCと対決した。
中予と南予のチームが、なぜか川之江で。
前半0-1でリードされてしまった。
前半ミッドフィルダーで出ていた匡は、後半ゴールキーパーをすることになった。
経験はない。(20年前、四国リーグ時代に1度だけあるが…)
チームの臨時用のキーパーグローブが、小さすぎて入らなかったため、怪我人の正キーパーに借りた。
匡の手のひらは、驚くほどでかい。無駄に大きいこの手を、初めて有効利用するチャンスかもしれない。
今日は、エースの奥田がいない。チームは追い込まれていた。
しかし後半、パスがつながる。
そして、篠原パンツが2得点の活躍。
こぼれ球を狙う姑息な性格が、見事に結果を出した。
3-1での逆転勝利。

そしてその夜、なでしこが世界を獲った。

店で教え子と見ていたが、前半終了時に、そいつが力尽きて帰ってしまい、1人になった。
そして試合は、アメリカに1点を奪われた。
匡は、昨日から寝ていない。
夜の早い時間には、他の店でサルサパーティーがあったので踊り狂っていた。
体力も精神も追い込まれていた。
「やっぱり負けるんか。」
と、そこで同点ゴール。
「おおーー!!」
大声で叫んだ。
延長戦でもアメリカにリードされ。
「やっぱり負けるか。でもよく頑張ったよなあ。」
と、そこで同点ゴール。
「おおーー!!」
また叫んだ。
そしてPKで勝った。
世界一 !

彼女らは、男のサッカーのような整った環境にいない。
ハングリーさを感じる。
そして、被災地の人々や、日本の女性や、日本そのものを背負って戦ってくれた。

決して「あきらめない」心を示してくれた。

あきらめずに見ててよかった。
安西先生も言ってたなあ。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ。」と。

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July 14, 2011

なでしこ決勝進出!

なでしこの快進撃が続いている。
夜の生活だから、試合は、店か家で、リアルタイムで見ることができる。

正直、最初は軽く見ていた。
「所詮、女のサッカー。知れとるやろ。」と思っていた。
だが、面白い。
応援したくなるような頑張りを見せてくれる。
そして、期待に応えてくれる。
相手チームの大きな選手たちを体を張って止め、パスワークで崩していく。
チームで戦っているなあ。

彼女らは、「被災地を背負って戦っている。」と言っている。
被災地のみなさんも、その言葉とプレーで元気づけられたことだろう。
「日本の女性の力」を示してくれた。

この間、店でお客と一緒に「魔女の宅急便」を見た。
登場する女性たちのそれぞれの生き方が、描き出されていた。
「女の子の自立をテーマにしてるんだなあ。」などと話した。

なでしこのゲームは、女性の視聴率が高いらしい。
これを見てから仕事に出るOLや、学校へ行く女子学生たち。
日本中に、なでしこが、広がっているのだろう。

日本男児の私も、なでしこの頑張りに期待したい。

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ラーマッラー「オリーブ石鹸」

中東の方では、オリーブオイルから石鹸を作るのが一般的だ。
「アレッポの石鹸」(アレッポは、シリアの都市)などが有名だ。
パレスチナに入って、ラクダマークのオリーブ石鹸が売られていたので使ってみた。
手作りで、香りがよく、何よりも肌がスベスベになる。(しかも1つ50円ほど。)
お肌を気にしたことなどない匡だが、砂漠の気候でボロボロになった肌が、この石鹸を使うとみるみる修復されるのには驚いた。
乾燥した土地で生き抜くオリーブには、乾燥を癒す力があるのだろう。
けい子が、「持って帰りたい」と言うので、ラーマッラーで探してみた。
古ぼけた雑貨屋に、その石鹸は、あった。
買った後、この石鹸がイスラエル製か、他の中東諸国のものなのか気になったので、聞いてみた。

匡  「この石鹸は、イスラエルで作られたものか?」
オヤジ「とんでもない。これは、パレスチナで作られたものだ。」

一瞬とまどった。パレスチナは、イスラエルの一部だろうと思っていたが、彼は、イスラエルとパレスチナを別の国として考えている。

オヤジ「ここから北に行った大きな町で作っているんだ。」
匡  「なるほど。すばらしい石鹸ですね。」

雑貨屋のオヤジは、武骨な男だったが、石鹸を褒められ少しだけ得意げだった。
彼にとってパレスチナは、祖国であり、独立国なのだ。

帰国してからも、パレスチナの誇る高品質なラクダマークの石鹸を、ありがたく使わせてもらった。


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July 11, 2011

この番組を見て、日本を考えよう。

ほんとは、新聞を何紙か読むのが一番なんだろうけど、なかなかできるものではない。
ネットは、情報に溢れているが、信ぴょう性が低いのも事実である。
そんで、ニュース番組を見る。
私は、NHKの「ニュースウォッチ9」か、テレビ朝日の「報道ステーション」を見ることが多い。
これで情報は得られるが、中々考えが深まるところまでいかない。
そこで、

「たかじんのそこまで言って委員会」

一週間の地上波の中で、最も好きな番組だ。
あまり難しい言葉を使わず、我々にも分かりやすい。
イケイケのコメンテーターが多く、東京に放送されていないので、かなりぶっちゃけた話が聞けて面白い。
私自身の思想とリンクする部分が多くて、納得いく話が聞ける。
日本や日本人のあり方を考えるのに適していると思う。
今のような国難の際には、毎日放送して欲しいくらいだ。
こんな番組を放送するためには、局やプロデューサーは、腹をくくっているんだろうなあ。
このぐらいの番組は、どこの局でも作ってほしいと思っていたら、

「たかじんNOマネー」

また、たかじんか。
委員会が読売テレビなのに対し、こちらは、テレビ大阪。
マネーということで、経済からの切り口だが、中身は、しっかりと国政に入り込む。
大阪が熱いのかもしれない。
東京がんばらんか。と思ったら、

「ビートたけしのTVタックル」

この番組は、以前は上っ面の討論ばかりでつまらなかったが、3.11以降は、かなり踏み込んできて面白くなったと思う。同じくテレビ朝日で、

「サンデーフロントライン」

これを見ると、一週間の重要な出来事が、頭の中でまとまる。
後、取材力も大したものだと思う。

どの局も、震災以降、局側とタレント、コメンテーターばかりでなく、政治家、科学者などもリスクを負って発言するようになった。
原発事故に関してはっきり意見を述べる武田先生。テレビで見ない日はない。
NHK解説委員の水野さんも、原発事故に関して、事故直後から鋭く追及していた。NHKで、こんなこと言えるのかと驚いた。(更迭されたりもしたようだが)
独立総合研究所の青山さんからは、ジャーナリスト魂を感じる。
委員会には、あの「sengoku38」も出演した。
今、注目しているのは、

「日本中枢の崩壊」を書いた古賀 茂明さん。

現役の経済産業省官僚の改革派で、首にされかけている。
民主党は、霞が関の改革をすると言って出てきたのに、今は逃げ腰。
官僚をコントロールするどころか、言いなりになっているのだろう。
本も読まねばならない。

ぶっちゃける人がいればいるほど、この国の深い闇が見えてくる。
国に正義がなくなりつつある中、リスクを負って信念を貫こうとする人たちがいる。
我々は、それに耳を傾けるべきだ。
今できなければ、日本は未来永劫、正義のない国になりそうで怖い。

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July 08, 2011

スッカラカン

最近、国会中継を見たりする。
昔は、「こんなもの見ても眠くなるだけだ。」と、思っていたが、眠くならない。
それどころか、怒りが込み上げてくる。
サッカーの日本代表戦並にテンションが上がったりもする。

それほどに許せない。

スッカラカンだなあ。
顔に生気がない。
質問に全く答えない。
ほんとにこの人が、私たちの国のリーダーなのだろうか。
1億を背負っているというのか。

上から目線の大臣が辞任した。
この人がらみの映像は、バラエティ番組より笑えたが、ことの本質を考えると許せなくなる。
実際は、全く笑えなかったし、この人ほど言葉のセンスを持たぬ人はいないだろうと思えた。

玄海原発再稼働については、スッカラカンのフェイントにより先送りになり、まじめそうな大臣が辞任することになりそうだ。
原発がどうかということよりも、国と地方の信頼関係が壊れた瞬間だと思う。
海江田さんは、佐賀県知事と玄海町長に対して、また自治体の地元住民に対して、申し訳ないと感じ、責任をとるのだろう。

スッカラカンも酷いが、まわりも酷い。
少し前の、不信任案が可決しなかった時の、民主党各議員の動きは、情けなくて涙が出そうだった。
「誇り」とか「信念」という言葉を、口に出してはいけない人間ばかりなんだなあと思った。

この人は、誰のために、何を狙って、首相の座に居座っているのだろう?
再生可能エネルギー法案でも通して、名声を手に入れるつもりでいるのか。
この人に期待する国民は、いなくなっていく。
この人に協力する政治家も、いなくなっていく。
能力がないのだろうが、それ以上に、
信頼できない。
国家、国民のために、被災者のために、という思いが、全く感じられない。

学校で学級委員長を選ぶ時、投票用紙に書くのは、最も信頼できる人の名前ではなかったか。
誰からも信頼されない、つまり最もリーダーに不適格な人に、我々は国をまかせている。
国難が続く中、せめて声をあげようと思った。
反省すべきは我々で、考えるべきは我々だ。

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July 07, 2011

22才

少し前に太ってしまった。
講演でインドの話をする時に裸になるのだが、この体では、どうもインド感が出ない。
見た目的にも、このままではいかんなあと感じていた。

最近、サッカーのために、少しだけトレーニングをしている。
もともと膝のリハビリのためにジムで筋トレすることがあったのだが、月に1、2回しか行ってなかった。
もう少し回数を増やして、ランニングマシーンで走ったり、泳いだりもしてみた。
今週の試合後、あまりしんどいと感じなかったので、効果が出てきたのかもしれない。
周りには気づかれていないので、僅かな変化だが…。

そして、体重計に乗ってみる。
体重は、減っていない。
でも筋肉が増えた気がする。
この体重計は、体脂肪や内臓脂肪、筋肉量、基礎代謝、骨の重さなど、いろいろなものが表示される。
「体内年齢」をみる。

22才。

実年齢の半分以下やないか!
体は、若いんだ。
でもサッカーは、45才なりだ。
いや本当は、もっとやれるはず。

体重計に元気づけられ、もっとトレーニングに励もうと決心する、今日この頃である。


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July 06, 2011

松山クラブ第6節

7月3日、EPG(県庁ですね)と対戦した。
この日は、メンバーに余裕があるということだったので、垣生中の試合を途中まで見てから移動し、後半出場した。
相手に北高の同級生や後輩がいて、ピッチで戦うことができて楽しかった。
試合は、3-2で勝利。
御大Iサムさんの得点もあって盛り上がった。

大変だったのは、ゴールキーパーが2人とも怪我をしているので、フィールドの人間が、代わりにやらなければならないということ。
北高の後輩たちが交代でやってくれたが、ご苦労だった。

試合途中、日体大同期の田中が、アキレスを痛めて離脱した。
怪我人続出である。
数か月かかりそうな怪我人が、これで6人か!?
3勝2分けと、まずまずの戦績できているが、メンバーは減る一方だ。


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July 01, 2011

ラーマッラー「コロッケ屋のオヤジ」

泊まった宿のすぐそばの通りでコロッケを揚げているオヤジがいた。
ひよこ豆をすりつぶし、香辛料を混ぜて揚げたもので、ファラフェルという。

我々が、そのコロッケ屋の前を通ると、オヤジが「ウェルカム!」と叫んだ。
びっくりしたが、「サンキュー」と返した。
帰りにまた通るとオヤジは、「ウェルカム!」。
また通ると「ウェルカム!」。
オヤジは、必ず叫んだ。

街ゆく人々にも、他の店の人たちにも、ウェルカムと言われた。
1日100回くらい言われた。
世界で一番、ウェルカムと言われた場所。
その中でもコロッケ屋のオヤジのが格別だ。
前を通る度、必ず叫んでくれた。
特に笑顔でもない。
「コロッケを買え。」とは、一度も言わなかった。
ウェルカムと言わずにおれなかったのだろう。
「俺達の国へようこそ。」
「よく来てくれた。」
「よく忘れないでいてくれた。」
そう伝えたかったのだろう。

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ラーマッラー「ビルの狭間の市場」

市場を見るのが大好きだ。
そこの人たちの生活が見える。
この街にも、ビルの狭間に市が立っていた。
たくさんの人で賑わっている。
パレスチナは、巨大な難民キャンプのようなものだが、その中で人々は、よりよく生きようとしている。

少し前の「絆」という記事に書いたのは、ここのことだ。
「パレスチナの市場は、露天ばかりの粗末な会場だったが、野菜と、人と、活気にあふれていた。」

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